このブログは「風見鶏」が、日々気づいたこと、思ったこと、したことを気ままに綴る日記です。2008年9月に旧ブログから引っ越しました。バックアップをご覧ください。

ゲストログインがうまくできないので、コメントを承認制にしました。スパムでないことを確認の上、公開します。判断はあくまで「風見鶏」の主観で行いますので、文句は受け付けません。(笑)承認が遅れることもままあると思いますが、あしからず・・・

なお、ここに書いていることは、あくまで個人的な思いであり、いかなる組織をも代表、代弁するものではありませんし、無関係ですので念のため。

2009年10月アーカイブ

さて、私が就職した先は社員300名弱のソフトハウス。ソフトハウスという名のプログラマー派遣会社というのが実態だったのだが、気まぐれではじめたマイコンプログラムの受託開発のために新聞に出した募集広告に私はひっかかったわけだ。面接に行って、Z80のアセンブラがわかると言った瞬間にあっさりと内定を出されて唖然としたのだが、その理由は入社してみてわかった。開発チームの人数は数名いるものの、まともにZ80アセンブラでプログラムを書けるのは、私を含めて3名だけ、完全に仕事がオーバーフローして、危機的状況になっていると知ったのは入社当日、しかも終電車が出たあとだった。つまりは、入社当日に徹夜仕事になったわけだ。信じられないような本当の話である。

なんで、こんな話をするかと言えば、そもそもコンピュータのプログラミングという作業は、個人の技量や経験に依存しやすい。そして、ある程度の規模のプログラムまでは、優秀なプログラマーの職人芸にまかせたほうが、生産性が上がる・・・ように見える。しかし、規模が大きくなると、それだけの「職人」を調達するのが困難になる。また、「職人芸」で作られたプログラムは効率がいい反面、保守性は悪い。まして、作ったプログラマー以外がメンテナンスすることは難しい。よく、古いシステムのバグを直してもらおうとしたら、作ったプログラマーが会社を辞めていたため、誰も直せないといった事態が発生している。だから、当時でも大規模な開発が多かったメインフレームの世界では、システム・エンジニア(SE)とプログラマーという階層関係や、開発方法の標準化による保守性の向上、設計文書などドキュメンテーションの重視などが一般的に行われていた。設計者とプログラマーを分離することで、優秀な技術者のノウハウを共有し、なおかつその人間がいなくなっても保守ができるように、というわけだ。SEは花形、プログラマーは下働きという悪しき構造が出来上がっていた。やがて、この二つの階層は業界の下請け構造によって分離され、プログラムの基本もわからないSEや設計どおりに書くことしか知らない思考停止型プログラマー(コーダーとも言われた)を量産した。この形が日本のソフトウエア業界をダメにした元凶だと私は思うのだが、それは日本固有の話だったのかもしれない。本来、分業化や標準化、文書化は生産性や保守性を向上させるべきものだが、それをあまりに杓子定規に適用しすぎたことで、結果的に業界の階層構造を作ってしまったり、下層にいるプログラマーたちを思考停止に追い込んだというのが当時からの日本の状況ではなかったのかと思う。

そんな雰囲気の中、私がいたチームは異質だった。上司は標準化、ドキュメント重視を念仏のように唱えていたが、我々プログラマーはそれどころではない。徹夜続きで死にかけている人間たちには、それこそ馬の耳に念仏である。どんなことをしてでも、納期までに、しかも何度もお客とかけあって引き伸ばした納期までに仕上げなければならないとなれば綺麗ごとなど言っていられるわけがない。そんなわけで、とにかくフローチャートもまともに描かずに、頭の中で書いた流れに基づいて直接、プログラムをおこしていった。もちろん、そんなプログラムが一発で動くはずがない。しかも、アセンブラとくれば、もう作った本人以外はだれも触ることができないような代物が出来上がってしまう。

私が作っていたのは、工場内の搬送システムを制御するプログラム。ある意味で、信頼性が人命にかかわりかねないプログラムだ。もちろん、ハードウエアはフェイルセーフに出来ているので、万一プログラムが暴走しても大事故になることは、まずないのだが、それでも、テスト中は愉快なことがいっぱい起きた。コーナー手前で減速しなければならない搬送台車が減速せず、ドリフトしながらコーナーを飛び出すといったことだ。床面には誘導無線のワイヤが埋めてあって、これをはずれると台車は停止するようになっているので、大事には至らないのだが、導入後にこんなことが起きると危険極まりない話だ。

開発環境も劣悪だ。そもそも、こんなプログラムをシミュレーションもなしに、いきなり実機に入れても動くはずがないのだが、手元には開発用の8ビットマイコンが1台とアセンブラとROMライター(機械語プログラムを不揮発性メモリに書き込む装置)があるだけ。単純に文法エラーが取れただけのプログラムを実地でデバッグするわけだから、大変だ。おまけに、テスト現場には開発マシンはない。それでどうやってデバッグするかといえば、プログラムリストでバグを見つけ、その部分に手作業でパッチをあてる。ROMの中身をROMライターに吸い上げ、ROMライター上で修正したい部分の機械語命令をいくつかつぶしてそこに16進コードでジャンプ命令の機械語を入れて、ROMの後ろ側に残った空き領域に飛ばす。そしてそこに修正プログラムを、これも機械語で打ち込み、またジャンプ命令で元の場所に戻すといった具合だ。ここで、趣味で機械語コードを暗記していたことが役立ったというのは、なんとも皮肉な話である。テストサイトに何日も泊まり込んで、ようやく出来上がったプログラムは、パッチの山。もう、最初のソースコードは跡形もない。リストに書き込んだ修正は何度も上書きされ、もはや、元のソースコードにどんな修正を加えたかもわからなくなってしまっていた。これでは、ソースコードが納品できないので、納品前に逆アセンブラを使って、ソースコードに戻し、それにコメントを入れて納品するといったことが、日常茶飯事のように行われていた。

こういう個人作業を続けていると、そのうちプログラマーの何人かは、以前に作ったプログラムを再利用するようになる。そして、それらは、再利用しやすいように整理されて、その人のノウハウがつまったプライベートなライブラリが出来上がる。こうなるとその人の生産性はどんどん向上する。だが、残念ながらこうしたライブラリが共有されることはあまりなかった。なぜなら、人のライブラリは、その人でなければ使えない代物だったからだ。こうして、プログラマーの生産性はその人の資質によって、さらに大きくばらつくことになる。結果として、出来るプログラマーにどんどん仕事が集中するという現象が発生してしまうわけだ。こうなると、最初は効率よく作業できることに喜びを感じていたプログラマーもマインドがどんどん下がってくる。自分のペースをコントロールして、納期ぎりぎりを目指すようになってしまう。こうなると、その人自身の成長も止まってしまう。優秀なプログラマーをどんどん潰していく環境が出来上がってしまうわけだ。この経験は、自分の中では、開発のありかたを考えていく上で大きな教訓になっている。

(続く)

CSI最終日は午前中のみ。朝のキーノートはCISCOのCTOの、どハデなプレゼン。(上の画像はCSIのボスのイントロダクション)最初の一言がいい。君たちの「ベストプラクティス」はもう終わってる。アンチウイルスも終わってる。技術がどんどん変わってるのに、セキュリティが変わらないのはおかしい・・・・という感じで、会場内を歩き回りながら言いたいことをがんがん喋る姿にはちょっと圧倒される。ある意味、CISCOの宣伝でもあるのだけど、なんとなく普段言いたかったことを全部言われてしまったような感じがした。クラウドがらみで考えていたID管理の形を、レイヤは低いが同じことを考えているとわかって、ちょっと複雑な感じもしたけど。

そのあと、彼の部下が担当したクラウド関連のセッションを聞いたのだけど、こちらのほうは、ちょっとトーンダウンした感じ。昨日のクラウドセッションのスピーカー(弁護士)とのやりとりが面白かった。つまりは、技術的な解がそろっても、コンプライアンスや契約面での課題がまだまだ多いというもの。どうしても、制度面は遅れがちのようだ。

とりあえず、これでCSIの予定は終了。表に出たら、すっかり空は晴れて、きもちのいいお天気になっていた。

常連組で、近くのアジアン系レストランで昼食。なんだか、アジア系の雰囲気を全部ごちゃまぜにしたような店。階段の脇に大仏さんが・・・・。

窓からはポトマック川を見渡せて、なかなか景色もいい。どうせ量が多いだろうからと、料理はシェアすることに。まぁ、ちょっと不思議な味だがそれほど悪くはない。

ここで、皆さんと別れてタクシーで空港に向かう。西海岸への移動は長旅だけど、フライトはアップグレードできてるから、機内で夕食も食べられるし・・・と思って、とりあえずチェックインしてゲートへ。

折り返しの飛行機が到着して、乗客が全部降りて、そろそろ搭乗・・・という時にいきなりアナウンスが・・・。ミネアポリス付近の航空路混雑のため、2時半出発の便は5時出発に変更となるので、乗り継ぎがある人はゲートのカウンターまで・・・・・。あらら、大変だ・・・。先の便がなかったら、今夜はミネアポリス泊まりかぁ・・・?、レンタカーはどうしよう、サンノゼのホテルは・・・・、などとあれこれ算段しながらカウンターに行くと、4時発、アトランタ経由でサンフランシスコ午後9時過ぎ到着の便に変更してくれるとのこと。2時間遅れでなんとか今日中には着けそう。振り替えのチケットをもらって、隣のターミナルのデルタのカウンターへ。しかし、ここでまたシステムの不具合で、予約がきちんと入っていないことが発覚。NWとのシステム統合はここでも問題だった。とりあえず、なんとか搭乗券をもらってゲートへ・・・。でも、やはりアップグレードはできず、窮屈なフライトとなった。

まぁ、それでも足止めを食わなかっただけマシ。とりあえずアトランタでサンフランシスコ行きに乗り継ぎ、9時過ぎに到着。とりあえずレンタカーをピックアップして駐車場から出ようとしたら、出口の係りが「車が違う」という。システム上登録されているナンバーと違う車だったようで、そこでまた時間を食って、結局、それから101を南下してホテルについたのは、もう11時近くになっていた。

どうも、前回の出張あたりから、こういうトラブルが続いてるのが気に入らないけど、まぁ、そんなこともある・・・。さて、今夜もそろそろ寝よう。ちょっとまた時差ぼけ気味ではあるけど。

今朝(といってももう昨日だけど)は雨のワシントン。昨夜は結構、大雨が降ったみたいだけど、今朝は霧のような小雨。ポトマック川の対岸もかすんでる。

二日目のキーノートは、個人情報漏洩が発生した際の報告(公表)義務について、各国の制度の違いを説明するもの。残念ながら日本は例に挙がっていなかったけど、こんな比較表があるので、それに日本をマップしてみたら面白いかもしれない。実際、グローバルにビジネスをする場合は、各地の法制度の違いをきちんと意識しておかなければいけないので。

ふたつめのキーノートは、メリーランド州の産・官・学の連係について。ITのイノベーションを一番ドライブしているのはどこ?。という話なのだけど、そのあとのパネルで、結局、3者がそれぞれの立場ですべきことを進めていくのが最もいい方法だという結論に至った。実際、メリーランド州はその形がうまく出来上がっているとのことだ。

そのあとのセッションは、クラウドの1日トラックを聞いた。クラウドに対する不安のトップはやはりセキュリティだが、セキュリティと言っても、コンプライアンスや機密保持契約に抵触する可能性への懸念がいちばん大きいようだ。

法律や契約で管理方法が定められている情報をクラウドに置くには、まずアウトソースが許可されていなければならず、また、自社に課せられている義務と同じレベルの保護(たとえば、特定情報へのアクセスログの取得とか)をクラウド事業者にも要求できないといけない。さらに、クラウド事業者がたとえば、基盤のシステムをデータセンタのIaaSサービスに頼っている場合などは、そうしたアウトソースも認められなければならないし、さらにそちらに対しても同じレベルの契約がされているかどうかをクラウド事業者に開示させる必要が生じる。

また、クラウド事業者の内部犯罪への懸念や、万一インシデントが発生した場合にユーザはどこまで調査権を行使できるのか、というようなことも問題になる。

現実を見れば、クラウド事業者の多くが提示しているサービス内容や委託契約は、こうしたユーザの懸念を解消できるものになっていない。米国では、特に大規模なクラウド導入に際しては、法律の専門家を交えて個別の交渉で契約内容を変更するようなこともままあるようだ。事業者は表面的には個別交渉に応じないという態度を崩していないが、現実には例外もかなりあるらしい。契約にうるさい米国では、それなしでは大きな企業への導入は難しいのだろう。会社の顧問弁護士は間違いなく「使うな」と言うはずだ。日本でも、本気でクラウドを使うことを考えるのならば、このようなことは考えていく必要がありそうだ。難しい問題だが避けては通れない問題だろう。

展示会場の前に不気味なものを見つけた。これもハロウィーンだから?

今日は1日雨のお天気、明日もこんな天気が続くみたいだ。明日は、午前中でコンファレンスは終了、午後にサンフランシスコへ移動する予定。午前中は引き続き、クラウド関連の話を聞く予定。明日の話は、クラウドの先には何が・・・というような内容なのでこれは面白そうだ。

現在午前3時、時差ぼけでまったむ眠くならない。中途半端に寝てしまったのが災いしているのだけど、一週間くらいの出張では時差ぼけを直さないほうが、帰ってから楽なので、あえて体内時計を狂ったままにしている。でも、そろそろ寝ないと・・・

では、また明日・・・

CSI Annual 2009

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今日からCSIコンファレンス。ワシントン郊外は雲は多いものの、晴れ。しかし、今朝はちょっと肌寒い気温で、秋深しといった雰囲気だ。航空路の下なのか、空にはおびただしい数の飛行機雲。

CSIの初日は午前中がキーノートセッションと展示会。キーノートの最初は、陸軍のサイバー関連法の専門家、David Willson 氏の講演。サイバー犯罪や戦争行為にどう対応していくかを国際法の観点から考えたものだ。インターネットに明確な国境は作れないから、いっそ国際条約で公海や南極、宇宙などと同じようにネットも各国が領有権を主張できない場所にしてしまおうというもの。そして、管理は国際的な枠組みで行って、インシデント対応も国際IRTを作ってやれば・・・というお話。いかにも法律家らしい考え方だが、ちょっと無理があるかもしれない。

このあと、そのテーマでパネルが行われたのだけど、やはり、あれこれと異論が出た。まず、ネットはほとんどの国で民間会社が運営していること。当然、その所有権や管理権は民間にあるから、それを国際管理といっても無理がある、というのはISPサイドの意見。そもそもネットは人間が作ったもので、もとからある海や南極なんかとは違うんだということ。当然、ネットの形もその時代の必要に応じて変えていくことが出来るし、そうすべきだと言う意見だ。

思うに、すでにネット上に「長城」を築きつつある国もあるし、一部の国はサイバー「戦争」も視野に入れた動きをしている。こんな動きがあると他国も追随せざるをえない。実際、戦争や紛争にリンクして、ネット上で攻撃が行われることも少なくない。はたして、これが軍事的な行為なのか、一部の人間の勝手な行為なのかはグレーなままだ。条約を作るのはいいが、それが実効性を持つかどうかはきわめて疑問だと思う。ただ、今のままで進んでいくと、ネット上に国境を作らざるを得なくなりそうなのも事実。難しい問題だ。

キーノートの後、展示会をちょっと冷やかしてから、昼食までの間、会場の周囲を歩いてみた。展示会はあまりぱっとしない。この不景気で企業スポンサーもユーザ企業からの参加者も減っているからいたしかたないのだが、それでもこうしたコンファレンスを維持できている意味は大きいと思う。

雲は多いけれど、気持ちのいい天気で、ポトマック川を渡ってくる風がここちいい。空の雲も、なんとなく晩秋の雰囲気だ。

午後からのセッションは、モバイル関連の連続セッションを聞いた。今日の午後はいまいちぱっとした内容がなく、たまには・・・と思って聞いたのだけど、内容的にはありふれたもので、かなり退屈した。最後のセッションは眠気に耐えかねてパス。夕方のレセプションまでホテルで昼寝を決め込んだら、ちょっと寝過ごした。

恒例の参加者レセプションは、時節柄、ハロウィーンな雰囲気。例によって日本常連組で、あれこれお話。カメラマンが撮影に来たので、向かい側に座っていたアメリカ人らしき女性を囲んで乾杯ポーズで撮影。たぶん、来年のコンファレンスのパンフレットに載るのだろう。ちなみに、今年のパンフには、日本常連組が写った写真がたくさん掲載されていた。主催者的にはインターナショナルな雰囲気を出したかったのだろうと思う。

さて、明日は一日ぶっ通しの「クラウド」トラックを聞く予定。クラウドのセキュリティと言っても、技術的にはその基盤となる技術、たとえば仮想化やWebセキュリティ系のものが多いのだが、気になるのはやはり、管理面やコンプライアンスの面からの問題。情報が国境を越えたり、分散されてその位置が特定できなくなってしまうことなどを考えると、特定の情報、たとえば個人情報などの管理方法を細かく規定した法令や、機密保持契約などとの間で整合性が確保できない可能性がある。このあたりをどのように解決しようとしているのか、また、SaaSなどの事業者がどの程度情報開示やインシデント対応への協力をするつもりがあるのかなどが私の興味の中心だ。こちらのユーザたちがクラウドをどのような視点で捉えているのかも興味がある。「雲をつかむ話」で私が書こうとしている見方と共通するような見方があるのかどうかも知りたいところだ。

さて、今朝はちょっと冷え込んだので、今夜は室温をちょっと高めに設定して寝ることにしよう。

11時間あまりのフライト、あまり眠れなかったけど、到着前の3時間ほどは、結構熟睡してたみたい。ほぼ定刻にアトランタに到着。もともとデルタが就航していた路線なのだけど、今は旧NWの機体とクルーで運行されてる。ビジネスクラスのシートは旧NW機のほうがいいのでラッキーかも。

この空港はデルタ最大のハブ空港。合併で、この路線から乗り継ぎが出来るようになったので、東海岸への選択肢が増えたのはうれしい。とりあえず、搭乗券に記載されたB29ゲート近くのスカイクラブで一休み。アップグレードが唯一できていないフライトで、かなり混んでるみたいなので、エコノミーB席覚悟でしばしラウンジでのんびり。さて、そろそろ搭乗時刻・・・で、ゲートに行ってみたら表示されている行き先はNY・・・・。モニターで見たらゲートが隣のAターミナルに変わってる・・・。大急ぎで地下のトラムでAターミナルへ。ちょっと疲れてゲート到着。もうほとんどの乗客は搭乗済み。で、乗ろうとしたらアップグレードOKとのこと。これでパーフェクトだ。

あたりは見渡す限りデルタ機ばかり。さすがに幅を利かせている。この空港は全米でも最大級の旅客数を誇る空港だけあって、巨大な空港だ。

アトランタは以前、よく来ていたのだけれど、先月乗り継ぎで降りただけで、しばらくご無沙汰している。今回も乗り継ぎのみ。また、街に出る機会があればいいのだけど。離陸後しばらくはぼんやりと雲を見ていた。雲間にうっすらと半月。

そのうち熟睡してしまい、気がついたらもうワシントン(レーガン空港)着陸直前。今日は南側からの着陸で、CSIが開催されるホテルのあるエリアが窓から見えた。今回は、荷物を全部持ち込みにまとめたので、荷物待ちがないので動きがスムーズ。これからは、これでいこうかと。ちょっと荷物が重いのだけど、どのみちそんなに歩かないので。

空港でタクシーを拾ってホテルへ移動。空港の少し南側の対岸にあるナショナルハーバーという3年ほどまえに出来たあたらしいリゾートエリア。ちょうど夕暮れの時間帯で、ポトマック川の夕焼けがすばらしい。ホテル手前の川沿いでタクシーを降りて、しばし夕焼けに見入った。

11月開催だった昨年のように寒くはないが、もう木々はすっかり紅葉している。これもなかなか綺麗だ。

ホテルは会場の向かいのホテル。さすがに会場のホテルは高くて気がひけるので。でも、結構部屋も広くて綺麗。荷物をおいて、ちょっと会場を見に行ってきた。レジストレーションはもうクローズされていたのだけど、巨大なガラス張りのアトリウムから見る夕焼けもまたいい。

それから外を少し歩いて、夕焼けの残照を楽しみ、それから近くのレストランで食事。

んで、夕食は恒例の・・・・肉食化。やっぱりアメリカの赤身肉はうまい・・・。

さて、そろそろ午後11時。少し眠くなってきたので、そろそろ寝ることにしよう。初日は結構眠れるのだけど、明日が心配。最近、だんだん時差ぼけがきつくなってるような気がするなぁ。

1章 ITという大河の源流をたどる

これから書くお話は、私自身のIT人生における経験がベースとなっている。私が初めてコンピュータというもののしくみを知ったのが中学時代。某国営放送教育TVのフォートラン講座なるものを見たときだった。コンピュータが、こんな言葉を理解して動いてくれるのだと驚いたことを覚えている。コボルに至っては、まさに英語そのもののように思えて、改めて驚いたものだ。

そんな大昔の話をなぜするのかといえば、クラウドがどうして生まれたかを本当に理解するためには、ITという大河の源流からの流れをある程度知っておいたほうがいいと思うからである。特に、若い人たちには、かえって新鮮かもしれない。ご同輩の方々は適当に読み飛ばしていただけるとうれしい。私の過去の経験を通して、最後に導き出される結論の理由を考えてほしいのだ。

さて、実際に私がプログラミングというものに触れたのは、70年代前半の高校時代。といっても、コンピュータというよりは、今のプログラミング電卓、しかもコンビニのPOS端末よりもうひとまわり大きいような代物だ。もちろん性能など論ずるにも値しないようなものだし、プログラミングも高級言語ではなく、数字と記号を組み合わせたコマンドを並べていくようなもので、レジスタが実数演算可能なことや、印刷や磁気カードへの入出力命令を持っている以外は、アセンブラとそんなにたいしてかわらないレベル。当時、ちょうど教育課程が、私たちの年代の少し下からかわって、数学に2進演算やアルゴリズムなどの概念が入ってきたころだったので、文部省(今は文科省)が高校への「電卓」導入をすすめていたころである。数学クラブに顔を出して、プログラムを作って遊んでいたのを覚えている。中でもバイオリズム計算は、文化祭で出したら女子の長い列ができた。今だから言うが、自分だけではなく好きな娘のバイオリズムをひそかに計算したりしていたものだ。

私が大学に進んだころには、いわゆる「マイコン」が一般でも手に入るようになる。N社が出した基盤丸出しのマイコン検証キットTK80は人気で、卒研のお隣の研究室で遊んでいるのを見に行った。16進で機械語を直接打ち込んでプログラミングするのだが、オプションの基盤を1枚加えるとBASICが使えるようになる。高級言語でプログラムできる環境が個人で手に入るのかと驚いたと同時にわくわくしたものだ。

当時、卒研の実験データは、同期のお金持ちなオーナー社長の息子が持ち込んだテキサス・インスツルメンツ(TI)社製の30万円ほどするプログラム電卓を使って処理していた。なぜかと言えば、私が通っていた大学は(当時は・・の話だが)貧乏大学で、理工学部にはパナファコム製のミニコン(死語)が1台あるだけ、ややこしい計算はご近所の某国立大学の計算センターを使わせてもらっていた。当然、そんな貧弱なミニコンでも学部の学生は直接使えない。当時は、紙のパンチカードに1枚1行ずつプログラムを打ち込み、束にして事務室に持っていくと、空いた時間で処理して結果を返してくれる。しかし、FORTRANで、しかも複雑な数値計算をするプログラムをそんなに簡単に書けるはずがない。まず、文法エラーの山が帰ってくるので、それを修正してカードを入れ替えて再度提出する。そんなことを数回繰り返してやっと何がしかの結果が返ってくるのだが、まだ単に文法が正しいというだけで、アルゴリズムは別物。間違っていても結果が出ればまだいいのだが、不正処理で落ちてしまうことも多く、これじゃ、電卓でやったほうがマシ・・と半ばあきらめていた。ところが、それを見ていた院生が、自分のJOBカードを貸してくれた。ちなみに、JOBカードは、プログラムやデータのカードの先頭に置くカードで、これがないとコンピュータを使えない、いわばIDカードのようなもの。当時は、セキュリティのセの字もない管理状況。これを借りて、堂々と計算機室に行って、院生面をして使っていたのだが、ある日、悲惨な事件が発生した。

ようやく文法エラーが取れたプログラムを走らせたところが、結果を数行打ち出したあと、わけのわからない数字列をがんがん打ち出し始めた。あっという間にラインプリンターの用紙がひと箱なくなってしまった。いわゆる「ダンプ」である。プログラムが暴走して強制終了させられたときに出るアレだ。今のOSなら、HDD上に吐き出されるのだが、こいつはプリンタに吐き出してしまう。いくらメモリが少ないとはいえ、全部ダンプされたらたまったもんじゃない。とりあえずアボートして、紙の束を研究室に持ち帰ったのだが・・・、使った紙の枚数をノートに書いてくるのを忘れた。シングルタスクのミニコンなので、自動でカウントなどできないから、ノートで課金管理していたのだけど、消費枚数と記載枚数が大幅に狂ったため、さすがの事務室も気がついたようだ。コンソール(タイプライターだが・・)の記録でJOBカードから、うちの院生を割り出した。悪いことに、その院生氏、その年度の利用更新をしていなかったため、使ったカードは前年度のもの・・・。orz である。年度のチェックすらシステムには入っていなかったわけだ。その院生氏、事務室からの呼び出しに悪びれる様子もなく、私に「君が使ったのだから、君が言ってきてくれ」とのたもうた。しかたがないので、恐る恐る事務室に行き、たっぷり油をしぼられて帰ってきたというわけだ。これは、なかなか忘れることができない思い出である。

大学を出てから、しばらくの間、いわゆるプータロー状態で、学生時代からのバイト先である舞台音響・照明の会社で音響(PA)の仕事のバイトをしながら食いつないでいたのだが、そのころに、まだ高価だったS社のマイコン(当時はまだPCと呼ばれる前だったのだが)を購入、よなよなプログラミングにはまり、BASICでは飽き足らず、PASCAL、そして最後には、当時主流だったザイログ社の8ビットCPU、Z80のアセンブラを使って、モニタプログラムの改造などをはじめ、機械語コードもほとんど暗記してしまった。Z80は、たかだか200個あまりの命令しか持たず、しかも同種の命令はパターンがあって、覚えやすかった。

これが高じて、やがてソフトウエア開発会社に就職することになる。さすがに、プータロー生活に不安を感じ始めたからだが、そこから地獄の日々がはじまる。

(続く)

新部署に異動して、いきなりまたアメリカ出張。今回は、毎年行ってるCSIコンファレンスのあと、シリコンバレーの関係会社に寄ってくる予定。ここしばらくシリコンバレーから遠ざかっていたので、久々の訪問。

一本いつもより早めて、新型Nexに乗ってみた。なかなかいい感じ。無線LANが使えるのだけど、UQユーザではないので、ローミング接続の方法がわからずアクセスできなかったのは残念。

今回はデルタでアトランタ経由のDC入り。アップグレードで、ちょっとひと悶着あったせいか、カウンターでやたら時間がかかった。ひと悶着・・・とは言っても、先方の間違いで、本来出来ないアップグレードのキャンセル待ちを受けてしまった・・・という話なので、少し押したら「何とかします」と言ってくれて、Webでは確認できていたのだけど、カウンターのシステムにうまく反映できていなかったらしい。NWとのシステム統合は何かとトラブルが絶えないみたいだ。

とりあえず、ラウンジで搭乗待ち中。「雲」の話は、また機中ででも雲を見ながら続きを書くつもり。CSIでもクラウドねたで1日通しのトラックがあるので、また面白い話があったら書くつもり。基本的には、クラウドだからといってセキュリティに特別な話はほとんどないはず。むしろ、コンプライアンスがらみで、事業者との契約内容や事業者の開示内容が問題になるケースが多いようだ。どんな話が出てくるか楽しみ。

それでは行ってきます。

雲、それは不思議な存在だ。その形も色もさまざま、一面空を覆うかとおもえば、青空にポツンとひとつだけ漂ったりもする。ちょっと科学をかじっていれば、それが水や氷の粒であることくらい知っているはずだ。もうひとつ言えば、雲ができるためには、水蒸気が水滴になるための核がいる。しかし、核があっても、空気の流れがなければ雲はできないだろう。雲は空気の流れのよどみや、境目、空気のかわり目に生まれる。それは、その場所で空気が変化していることを示している。

飛行機に乗って、雲をかすめると飛行機が揺れるのは、雲のせいではなく気流が乱れているからで、雲はその副産物なのだ。いい方を変えれば、雲はそこで何か変化が起きていることを示す空の標識でもある。

話は飛ぶのだが、私は飛行機が大好きだ。飛行機に乗って窓からの景色を見ていると、飽きることがない。だから、必ず窓側席に座る。それがたとえ、国際線の長時間フライトであってもである。飽きない理由のひとつが雲だ。雲はひとつとして同じ形がない。人間の顔と同じで分類はできても、まったく同じものができる確率は極めて低い、というかゼロに限りなく近い。

雨の日に飛行機に乗るのもまた面白い。一面黒雲に覆われて、大粒の雨が降っている飛行場を離陸すると、意外なほどすぐに雲の上に出てしまうことも多い。雨を降らせる雲の多くは、積乱雲を除けば低層の雲だ。だから、飛行機がエンジン推力を少し絞ってフラップをたたむころには、雲の上に出てしまう。

でも、前線が通過しているような時は、そう簡単には雲から抜けられない。雲は何層にも重なっていて、ひとつ抜けても、まだ上に厚い雲が覆いかぶさっている。青空を見るには、3層くらいの雲を抜けなければいけないこともある。ときには巡航高度近くまで雲がたちこめることもある。国内線では7000mくらいの高度を飛ぶ路線もあるが、結局、最後まで青空を見られないことだってあるのだ。国際線でも時々、40000フィート以上を飛びながら、雲すれすれの飛行・・・ということもある。

飛行機から見て一番壮観なのは、雲の谷間を飛行している時だ。特に、夕陽や朝日の中では、思わず見とれてしまう。多少揺れようが、かまわない。落ちさえしなければ・・・。

さて、季節は秋。秋の雲も面白い。秋晴れの空にぽつんと浮かんだ雲。しばらくの間にどんどん形をかえ、やがて消えていく。ふと、昔、マイコンで流行ったライフゲームを思い出した。周囲に雲がなければ、やがて雲は消える。雲が多すぎれば、やがて雨となり、やはり消える。雲が雲であるためには、3次元的に見て適度な広がりが必要だ。もちろん雲は、大気の変化の仮の姿だから、これは見かけの現象であり、本質ではないだろう。しかし類似性はあるし、それはその本質を知る手掛かりにもなる。だが、雲の本質を知るには、その様々な姿に騙されないようにしなければいけない。それは、雲の中にある何かの、ひとつの切り口に過ぎないのだから。

こんなことを考えていると、なんとなく雲という物体は、様々な意味で示唆に富んでいるように思えてくる。そんな様々な切り口を重ね合わせてみると、なにか本質らしきものが見えてきそうな気がするのだ。

さて、これからの話は大気現象としての雲の話ではない。「雲」という名のついた、やはりつかみどころのない仮想空間における現象の話である。しかし、奇妙なことに、それはここで書いた雲とよく似た性質を持っているように思える。この仮想世界の雲をこれから、いろんな切り口で見ていこうと思っているのだが、本物の雲が暗示するものとの類似性を考えてみるのも、ちょっと哲学的で面白いかもしれない。

さておき、そろそろ本題に入ろう。なお、これから書くことは、私の個人的な思い込みだ。でも、なにかしらの本質に近づいていくものだと自分では思っている。そして、これは使い手の目線から見たものでもある。なぜ、「雲」は生まれたのか。それはどこから来て、どこへ行くのか。それは、地上に何をもたらすのか・・・。敢えて独断と偏見をもって書くつもりだ。

(続く)

今日は秋の情報処理試験の日。取れと言われたわけでもなく、取らなきゃいけないわけでもない、資格ヲタなわけでもない。ある意味、こんな仕事をこの年月やっていて、とれなきゃ何かがおかしい試験。まぁ、冷やかし半分に勉強も特にしないで受けてみた。どんな問題が出るのかも気になったので。

朝から絶好の行楽日和、何が楽しくてパシフィコ横浜に缶詰にならんといかんのか・・・などと思いつつも、受けてみた。

試験の感想は、まぁまぁ、まっとうな試験かな・・・というもの。午前Ⅰの試験は、いわゆる世の中のセキュリティ技術者には、ちょっと範囲が広いかな。最初の問題の「2の補数」とか、フリップフロップの動作とか、パイプライン処理とか、リスト処理の速度とか・・・・。まぁ、IT技術者の基本として知っているべきことなのかもしれない。特にセキュリティは扱う範囲も広いので。午前Ⅱは楽勝のセキュリティ4択だったけど、問題には結構突っ込みどころも。言葉(特にセキュリティ以外の部分の)の使い方があいまいだったりして、解釈に苦しんだ問題もいくつか。雷サージ対策が問題に出たのはびっくり。これってセキュリティ・・・だったんだ。

時間が余ったのでひと眠り。午前試験は途中退出できないので、寝てる受験者も多数。結構簡単な問題だったので。

んで、お昼はワールドポーターズまで歩いてパスタを食べてきた。その途中と、午後試験の合間に取ったみなとみらいと横浜港かいわい。

午後Ⅰ試験は記述式試験。どのジャンルの問題が出るのか気になっていたのだけど、情報漏洩対策系が2問、暗号・ICカード系1問、プログラミング(JAVA)系1問といった感じでうち2問を選択。暗号とプログラミングが苦手でも、なんとかなる構成。情報漏洩対策系はポリシーと対策の関係を考えさせ、それぞれの改善を考えさせる内容で、なかなかいい。ちょっと気になったのは、退場可能時刻になったアナウンスがやたら長ったらしくて、うるさかったこと。あれじゃ、試験の邪魔だ。90分の試験時間を60分たらずで片づけて、とりあえず次の試験まで、あたりを散歩。いいお天気で、海風が気持ちいい。

で、午後Ⅱ試験は論述問題。2問から1問選択で、2時間の試験時間。1問はユーザ認証と業務承認権限の管理基盤を構築するストーリーに関する問題。もう1問は、セキュリティポリシーに沿ったネットワークを構築するストーリーに関する問題。ネットワークの問題を選択した。ストーリーは理解しやすいのだけど、設問が結構幅広い。中にはちょっと無理やりな設問も・・・。ま、この程度は大目に見ていいかも。

結局、午後Ⅱも1時間で切り上げて退場。受験は終了。ちょっと横浜に寄り道して帰ってきた。試験時間が細切れなので、CISSPやCISAみたいに集中力が切れる心配がないのがいいな。出来は、まぁ、楽勝・・・・のはずなんだけどね。

家に帰ったらもう夕暮れ。最近、どんどん日が短くなっていくな。今日は5時にはもう日没。きれいな夕陽。かすんでいて見えなかった富士山が夕陽のシルエットとして浮かび上がる。富士山の影が空に伸びている姿は不思議な感じがする。

そして日没

1日があっという間に暮れて、週末もおしまい。明日からは、また雲を追いかける毎日がはじまる。

会社で異動があって半月あまり。新部署では既にかなりエンジン回転が上がってる。うちの会社も例にもれず、「クラウド」の大合唱がはじまっていて、その矢面に立たされつついあるのだけど、ある意味、とらえどころがない「クラウド」。少なくとも日本ではマーケティングタームとして営業道具に使われているのが実情、でも、「クラウド」を称して売っているものは、単なる要素技術に過ぎなかったりする。すべてがベンダ目線で動く日本のIT業界ならではの状況で、このままでは、Web2.0やSaaSなどと同じように一時のブームで終わってしまいかねない。そんな危機感から、ちょっと今、このような米国発の言葉のルーツというか、つながりを米国のユーザサイドからの目線で考えてみている。

ここ数年、米国のベンダと付き合ってきて感じたことだが、彼らはユーザニーズに極めて敏感だ。というのも、彼らが主要な顧客としている米国大企業は、ITに関する自社の方針をしっかり持っている。また、経営陣もその時々で様々な要求をITに出し、タイムリーな対応を求めることが多い。近年、ビジネス環境が目まぐるしく変わっている中、ITへの要求も(いろいろな面で、時には対立するような形で)多様化し、システムのライフサイクルはどんどん短くなっている。ITコストも増大する一方だ。そんな流れと、これら米国発の言葉は無関係ではない。

一方、日本では長い間、ユーザはベンダにおんぶにだっこしてきた。ある意味、言葉は悪いがベンダによる「押しつけ文化」が「アウトソーシング」と名前を変えて幅を利かせている。最近、内部統制の強化をきっかけに、ユーザサイドも徐々に意識の変化を起こしているが、ベンダサイドはまだまだその変化に鈍感な状況だ。

こういう米国と日本の状況を踏まえつつ、どうやって「雲」をしっかり捕まえていくかを考えることが当面の仕事である。みんなが「クラウド」を大合唱しつつ、その理由はそれぞれ違う。いわば同床異夢、大合唱も不協和音の連続だ。「クラウド」をきちんとしたシンフォニーにするためには、個々の楽器をもう一度調律しなおして、さらに「クラウド」交響曲のスコアを持っている指揮者がきちんと指揮していく必要がある。

ある程度絵柄は描けているが、それは今後のお楽しみ・・・・・・、ということで、しばらくの間、読み物としての「雲をつかむ話」をこのブログに書いてみようかと思っている。思いつきで書くので、あまり期待しないでほしいのだけど、ある意味、正しいクラウド像を日本のユーザとIT業界に根付かせていくことが、最終的にユーザとベンダが Win Winの関係になれる方法だと思うので。

3連休の顛末・・・

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結局、また掃除三昧の3連休・・・。なんとか今日はキッチンまわりをやっつけてピカピカにした。しかし、長年ほったらかしたツケで、サビが落ちないコンロにはちょっとお手上げかも・・・。でもまぁ、ぱっと見、見違えるくらいになったので、どうにかこうにか、一連の掃除は一段落。でも、片付いてくると、今度は細部が気になりだす、この中途半端に凝り性な性格と、片付けたらやろうと思っていたことが全部できるようになってしまったことで、当分、休みの日はこんな生活が続くかもしれないな・・。

昨日、10年ほどホコリをかぶりっぱなしになっていた、ヤマハのキーボード(楽器ね!)を引っ張り出して組み立てたので、今日はPCに繋ぐためのMIDIインターフェイスを買ってきた。最近は、PCの性能が上がって、ソフトだけで打ち込みと演奏には十分なのだけど、たまには自分で演奏してみたい。でも、長い間鍵盤には触ってなかったので、なかなか指が動かない。こりゃ、一からやり直しだわ。この際、楽譜見ながら弾けるように指づかいから覚えなおそう。(なんて、ハマり性なくせに飽きっぽいので、いつまで続くかわからんけど・・・)

あと、掃除機がかさばるので、バッテリーが死んで動かなくなっていたコードレス掃除機のバッテリーをちょっと工作して、市販の充電池に交換、復活させた。ちょっと掃除するにはこっちのほうが楽なので。

それから、Wii Fit Plusを衝動買い。部屋が広く使えるようになったので・・・・。これも、もしかしたらすぐに飽きるかもしれないけど・・・・。

さて、残るはホコリだらけになってる冬物スーツやジャケットをクリーニングに出すのと、そのまま捨てられない紙の山をシュレッダーにかけて捨てること・・・・。あ、そうだリビングの蛍光灯の器具がそろそろヤバい。昨冬は、温まるまで蛍光灯がうまくつかなくなってたんだけど、暖かくなってから持ち直してたので放置してたら、今日またその現象が出始めたので、来週ぐらいに新しいのを買いに行こうかと。

まだまだ、あれこれ続きそうな感じだぁ・・・・・・

秋本番・・・

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体育の日3連休、でも実際のところ、9月のシルバーウイークの後ということで、あんまり「連休」感がないのは私だけなんだろうか。

今朝は、いつもの病院の定期診察で都内へ。渋滞がなければ電車で行くのの半分の時間でいけるから、ついつい駐車場代もかえりみずに車で行ってしまうのだけど・・。メタボ治療(笑)のほうは2ヶ月に1回、通常は採尿、採血、心電図、ときどき胸部レントゲン・・・という検査内容なのだけど、今日は心臓のエコー検査もあって、結構時間がかかってしまった。主治医曰く、年に一回くらいはやっといたほうがいいよ、とのことなので・・・・。とりあえず、中性脂肪が少し高いのと、血糖値指標の HbA1cがちょっと上がったくらいで、他は正常範囲内(善玉コレステロールがちょっと低めのようだけど)。心臓の動きも正常で肥大もないらしい。

中性脂肪はこのところ洋菓子をちょっと食べ過ぎたのがたたったみたい。でも、甘いものは好きなんだよなぁ。甘いものを減らせば中性脂肪が減るし、善玉コレステロールは増えて、血糖値も下がるから・・・・ということらしいのだけど・・。

循環器科の次は精神科で診察。部屋の大掃除をしたこととか、仕事が変わったことなどをお話しして、特にひどく疲れるようなこともない状態なので、状態はいいね・・・とのことで、とりあえずいつもの薬の処方箋をもらっておしまい。

火曜日は出張で長野へいかないといけないので、会社によってラップトップを持ち帰った。ついでに、トリトンスクエアの薬局で薬を買って、駐車場代を節約。ちょっと久しぶりにトリトンスクエアの写真。

それから家に戻って、布団干しと洗濯、掃除。今日は拭き掃除中心なのだけど、なまじ綺麗になると、逆にホコリがめだって気になる。衣類や布団を動かすと、綿ぼこりが思い切り飛ぶので、掃除の順番を考えないと、また拭き掃除をするハメになってしまう。でもまぁ、それだけホコリがたまってたってことなのだから、こまめに掃除するしかないんだろうな。

洗濯したシーツをベランダに干して、しばし散歩に出かけた。この、お散歩コースも久しぶり。空気はもう秋の空気、キンモクセイの香りもまじって気持ちがいい。公園横のキンモクセイはこんな感じで、甘い香りをあたりにふりまいている。

公園を通り抜けて、いつもの高台へ向けて山を登っていくと、足下にドングリがいっぱい落ちている。これも秋・・・・。

いつもの高台からしばし、あたりを眺めて・・・・。みなとみらい方面、そして新子安駅の方角に見えるベイ・ブリッジなど。

近所のスーパーと家電店をひやかして、家に帰るともう夕暮れ。シーツはまだ乾いていない。ちょっと洗濯するのが遅かった。布団の乾きもいまいちなので、部屋に取り入れてから扇風機で空気を送って乾燥させている。明日はもう一度布団干しをやろうか。天気はよさそうだし。

だいぶん日暮れが早くなってきたなぁ。夕焼け雲の形がおもしろい・・・。

さて、明日は何をしようか・・・。もうひと片付けしてから、どこかへ行こうか・・・。

金子氏逆転無罪

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Winny作者の金子氏の二審判決が大阪高裁で出て、逆転無罪とのこと。そもそも、ほう助罪での逮捕というなかば無理やり逮捕の上、一審判決も明白な故意は否定しつつも罰金刑という中途半端なものだったので、ある意味、当然の判断なんじゃないかと。そもそもそんな論拠だったら、インターネットのインフラを提供しているISPだってほう助に問えるんじゃないだろうか。そんなばかげた話はないだろう。

個人的には、この逮捕は日本のソフトウエア、とりわけフリーソフトやオープンソースソフトウエア文化に多大な影響を与えたばかりでなく、Winnyによる情報漏えい事件の拡大を間接的に支えてしまったものだと思う。逮捕、起訴されることで、Winnyの改良ができなくなり、ウイルス感染への対策が何もなされないまま放置されてしまったことは、不注意にwinnyを使ってしまったユーザの責任を差し引いてもまだ大きい問題だったんじゃないだろうか。

とかく、WinnyやP2Pにかかわる問題については、名前だけが独り歩きして誤解された結果、「悪」の代名詞にされてしまっているのだけど、もう一度、何が悪かったのかを考え直してみる必要があるんじゃないかと思う。

10月最初の週末

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大掃除ウイークからもう一週間・・・。先週は、家に帰ってから、こまごまと片付けを進め、この週末は掃除とか衣類の整理など。結局、昨日も今日も、ほとんど片付けと掃除に明け暮れてました。でも、そのかいあって、だんだん部屋の中が目に見えて片付いてきて、結構、「やったぞ!」感があって気持ちがいいです。

今日が仕上げ、と思ったのだけど、トイレ掃除と衣類の整理(開かずの押入れに眠った黄ばんだ衣類の廃棄とか・・・(^^;)、夏物の片付けとか・・・)に結構時間がかかってしまって、まだまだ来週も、やることはありそう。でも、かなり先が見えてきているので、毎日少しずつ進めていけば、近いうちに結構いい感じで片付きそうな感じです。あとは、維持・・・ですね。

さて、仕事のほうはといえば、10月から、新しい部署に異動して、仕事がかわります。来週から本格的に頭の切り替えをやらないといけないのですが、もともとやりたかった仕事でもあるので、ちょっと気合が入ってます。異動先は新規事業開発室という部署。とにかく、新しい事業ねたを考えたり探してくるという仕事です。これまでも、セキュリティ関連の製品開拓などはやっていたので、その延長上とも言えますが、単に売れそうな商品を探すということではなく、事業戦略に基づいて、それに沿ったソリューションの設計図を書いていくことが必要になります。組み立てるためのパーツは、今あるものでも、新しいものでも、その組み合わせでもよく、あるものはうまく使い、足りないものは作るか持ってくることになります。なにより、その組み立て、というか、コーディネーションがなかなかホネですが、やりがいはありそうです。かなり広い視野を必要とする仕事なので、頭をどうやって柔軟に保つかがカギかもしれません。とはいえ、何か軸足がないと動きがとれないので、セキュリティもひとつの主要な軸足にしていくつもりです。逆に、視野を広く持つことで、セキュリティに関してもこれまで見えなかったものが見えるのではないかと、ちょっと期待していたりします。

とにかく主体的かつ能動的に動かないと何も成果を出せない仕事だし、周囲からもそれを求められるので、自分の性格的には合っているかなと。単なる商材開拓に終わりたくないので、最初にどれだけ大きな絵が描けるかが勝負かもしれません。とりあえず風呂敷を広げないことには始まらないので、盛大に広げてやろうかと。

まぁ、あまり飛ばしすぎて燃料切れにならないように気をつけないといけませんが、ある意味、新鮮さという燃料は豊富に供給されそうなので、あとはエンジンのオーバーヒートに気をつければいいのかな・・と。

さて、絵柄は少しは頭にあるので、まずは今の持ち駒を確認して整理してみるあたりから始めましょう。もしかしたら、これは自分的にも結構大きな転機になるのかもしれませんね。

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