政治・経済の最近のブログ記事

今朝は、またさらに冷え込み、ベランダは午前7時で12℃。そろそろ毛布一枚では朝方寒くなってきた。とはいえ、重い布団は嫌いなので、昨年は暖房にたよって毛布一枚で過ごしたのだけど、今年はどうしようかな。

新橋駅前で気温は14℃、今朝も車両故障・点検で京浜東北線はべた遅れ。またしても遅刻。昨日より一本早い電車に乗ったのに・・・。

寒いと言えば、昨今のTPP論議。賛成派も反対派も結論ありきでの議論しかしていないように見える。まさに宗教論争の様相。少なくとも建設的な議論には見えない。いずれの論点にも問題はあろう。たとえば食糧自給率の問題。これは、資本主義を堅持する日本の宿命だ。ひとえに産業としての農業が価格競争力を失っているという結果にすぎないと思う。徹底的な構造改革と民間資本の注入が必要だろう。農水省は、日本の土地事情を盾にして、欧米のような大規模化は無理と決めつけているようだが、広い土地がないなら、産業界の知恵を絞って単位面積あたりの収量を大幅に増やす方法を考えなくちゃいけないだろう。そのためにも、今の個別農家主体の農業では無理がある。鎖国でもしない限りは、このままでは、どのみち農業は細る宿命だ。そうだ、いっそ農水省と経産省を統合してしまえばいいんじゃないか?。一方で、アジアの活力を享受するためのTPPなどという議論も、かなり乱暴なものだ。そもそも、アジア最大のマーケットである中国は参加する気がない上に、今のような輸出頼みの製造業では、結局関税がなくなっても、どんどんコストの安いアジア地区に生産拠点が移ってしまい、国内は空洞化。儲かるのは一部の金持ちばかりで、国内には失業者があふれる、なんてことになりかねない。こちらも、抜本的な内需喚起が必要。今の円高はそういう事態への警鐘だととらえるべき。もっと、国全体を俯瞰した議論ができないものだろうか。本来それは政治の仕事なんだろうが、国会議員の先生方にはそういうバランス感覚が全く欠落しているように見えるのは、困ったものだ。

お天気もあまりかんばしくない。今日は雲の多い天気で、昼の気温も低かった。明日には崩れて夜には雨の予報。いい天気が長続きしない。土曜日まではぐずつきそうだ。

このあたりは、ちょっとした紅葉見物気分が味わえる。いい感じに木の葉が色づいている。ららぽーと裏手に出て、晴海方面に目をやると、トリトンスクエアの向こう側に飛行船。

この飛行船は、たしか晴海埠頭が発着場になっていたような。

船着き場の入口の橋が今日は降りている。HIMIKOは今日はお休みのようだ。いつもならこの時間に出港していくのだけど。

飛行船が晴海埠頭に向けて高度を下げつつある。着陸するのだろうか。最後まで見ている時間がなかったので、このあとどうなったかはわからないのだが。

今日は、来週の出張に持って行く英文資料の作成にかかりきりだった。パワポ15ページほど書いたのだけど、さすがに疲れた。明日は一日外出なので、仕上げは金曜かな。

さて、そろそろ寝る支度をしようか。

今日は朝から小雨模様で、一日じめじめしたお天気。しまった、昨日の午後からでも洗濯をしておくんだった・・・・と思ったが後の祭り。午前中に干した洗濯物がいまだ乾かず、部屋に入れて除湿しながら乾かしている。

天気が悪いのだけど、気温はこの時期としては高め。湿度が高くて部屋の中は蒸し暑い。

午前中は学生駅伝を見て過ごし、それから昼飯を買いに出て、午後はまたテレビを見て過ごした。そういえば、TPP問題、あからさまに反対意見を述べている議員たちをメディアは「慎重派」と呼ぶ不思議。「反対派」でいいんじゃないか?。どうみても彼らは反対っぽいから。

どっちにしても、プラス、マイナスがあるだろう。(国にとっての話で議員さんたちの利害はどうでもいい)でも、確実に言えるのは、農業の生産性の大幅改善、つまりは法制度も含めた構造改革が必要なのと、輸出頼みの製造業をなんとかすること。このままだと円高で日本の産業はそれこそ農業を残して全部空洞化してしまう。国民に小銭をばらまくような愚策ではなく、根本的な国内消費の拡大策が必要だ。それにはまず、国民の生活に対する不安を払拭することだ。このままでは、不安は増大し、ますます消費は冷え込むことになる。老い先短い大先生たちはまだいいが、若い連中が不幸だ。

こんな日は気分も湿っぽくなる。早く秋晴れに戻って欲しいものだ。

ちょっと寝坊気味に起きた今朝、あわてて準備していたら、やってしまった。週末ごろごろしていたのが祟ったか、前屈みで荷物を取ろうとしたら、腰のあたりが「みしっ!」と・・・・。いわゆるギックリ腰。結局、会社を休んで一日寝ているハメになってしまった。やっぱり運動不足なんだろうか。
折しも外は雪。まぁ、家にいられるのはいいとしても、動けないのは辛い。

うつらうつらとしていると、なんだかおかしな夢を一杯見る。あまり覚えてはいないのだけど、自分の心の奥をかいまみるような気分。たまにはこういう日もあっていいか・・・。

さて、結局、夕方になってなんとか落ち着いたので、明日は会社にいけそうなのだけど、まだちょっと恐る恐る動いている状態。もうしばらくおとなしくしていよう。

一日ごろごろしてテレビなど見ていたのだけど、この国の政治もいまや死に体だなと思う。与党、野党というような問題ではない。政治そのものに対する失望やあきらめがどんどん深まっていく。結局どこがやっても同じなのか。だとしたら、政治の、というか政治家のあり方そのものが、どこか間違っている。そんな気がしてくる。結局、政権という権力の争奪戦。自分たちの利権を維持するための争い。自分の政治家としての保身のための行動。そこには国や国民という視点がずいぶん欠落しているように思える。「政局」、この言葉に国民は本当に飽き飽きしている。早く目を覚ませと言いたい。外相辞任騒ぎも、私から見れば、泥船からネズミが一匹逃げ出した、と映るのだが。真面目な政治家もいるとは思うのだが、政界の構造がそもそもヒエラルキーで成り立っているのだから、少数派は無視されるか道化にされてしまうのがオチだろう。

こう考えると、暗くなるからもう、政治なんかどうでもいいや、それが国民の素直な感覚なんじゃないだろうか。

巣ごもりな一日

user-pic
0

天気もいまいちぱっとしないし、今日はほとんど一日自宅で過ごした。なので、今日は写真なし。

朝から、ちょっと1月25日のNSF2011(JNSAイベント)の発表資料を作ったり昼寝したり。テレビを見たり。NSF2011では、リスク評価検討WGの発表で、統計的なリスク定量化の取り組みについて紹介する予定。まだ今年度はお勉強フェーズで、成果らしいものはないのだけれど、被害調査WGが過去に集めた情報漏洩インシデントの情報や、今年から始めたインシデント発生確率調査のデータなどをもとにして、これを統計手法を使って解析したり、解釈や仮説を検証したりすることで、今後、このような統計解析手法を、リスクの定量化に応用していこうというものだ。今年度は、あれこれ算数を振り回してみて、来年度から具体的なモデル作りに入っていく予定。興味があれば、ぜひ参加していただきたい。

統計、といえば先日書いたマンション建設ラッシュの話。Twitterにも今朝書いたのだけど、国土交通省の統計ページにおもしろい(いや、あまりおもしろくない)内容があった。

http://www.mlit.go.jp/common/000117156.pdf

http://www.mlit.go.jp/common/000037538.pdf

この2つの統計資料は、ちょっと年度がずれているものの、あまり話題にならない実態をいくつか物語っている。分譲住宅購入者の購入時の自己資金平均額は購入費用の30%程度。購入総費用は4000万円程度。但し、購入時の年齢層は30歳代が最も多く平均年収は400万~600万の層が最大、ついで600万~800万の層が続く。これを考えると総購入費用は平均より下に、自己資金比率も平均よりは下に分布している可能性もある。平均の返済期間は約30年、これは35年の長期ローン制度で買う若者も多いことを物語っているのだろう。平均の年間返済額は120~130万円程度、年収に対する比率は平均で20%以上だ。もっと驚くのは、住宅ローンの貸し出し残高が、平成19年末で120兆円あったということだ。(桁を間違えていないかと何度も見直したがたしかに120兆だった。ちなみに、金融庁の住宅ローン事業者の統計では一桁低い数字になっている。たぶん、これはローン事業者ではなく不動産業者などが、事業資金として借り入れたものが住宅販売にまわっているのではないかと思うのだが、どうだろうか。この差は気になるところだ。)年間の貸し出し総額はしばらく減少していたが、昨年はまた上昇に転じているので、残高も大きくはかわらないだろう。

これで気になることはふたつだ。ひとつは、これだけの金額を日本経済が先喰いしてしまっているということ。120兆円の金が実は債権というヒモがついた状態で世の中にまわっているということだ。いわば経済は自転車操業をしているに等しい。もうひとつは、住宅ローン返済によって可処分所得は年収比で20%も減ってしまっているということ。当然そのぶん消費が減るか、もしくは借金が増えて、経済的には自転車操業状態を悪化させるかのどちらかだろう。この20年ほどの間、このいずれかを繰り返して来たように思えるのだ。だから、経済は低迷を続けているのではないか。

住宅ローンは最大の借金だが、電車の中吊りなどを見ると、ローンの広告がやたらと目立つ。かつてのサラ金が今は銀行の皮をかぶって闊歩している。銀行の条件がゆるいローンの広告を見ると、必ず系列のサラ金業者が保証する形になっているから、実態はサラ金と、なにも変わらない。こんなことをして借金をあおり、いくら一時的に消費を増やしても、結局は将来の原資を先食いしているに過ぎないのだから長続きはしない。こいつらはいつまで、経済右肩上がり成長時代の夢を見続けているのだろうか。また少し景気が落ち込めば、不良債権の山が出来るのは眼に見えているのに。

なんとなく暗くなる話である。鎖国していた独裁政権の江戸時代とかなら「徳政令」で全部棒引きリセット、とかできるのだけどね。今の時代では無理だ。庶民からカネを搾り取れなくなったら今度は国に借金させて、それをばらまいて・・・なんと強欲な話だろうか。そんな強欲さに手を貸してきたのが日本の政治だとしたら、この国の将来は、どこかの経済学者が言うように崖っぷちにあるのかもしれない。

【追記】

こうなってしまった原因をつらつらと考えてみた。この20年近くの間、低金利政策とそれでも回復しないデフレに対して、量的緩和という、いわば劇薬が投入されてきた。これは、デフレの原因が市中に出回る資金の不足によるものであるという考え方からだ。極論すれば、ふんだんにカネを供給することで実質的な貨幣価値を下げ、インフレを誘導しようというに等しいと私は考える。

普通に資金の流れを考えれば、日銀は銀行に対し公定金利で資金を貸し付け、銀行は、それを主に企業などの事業資金として、より高い利子で貸し付ける。企業は借り入れた資金で事業を拡大し、その資金調達コストである金利負担を大きく上回る利益、つまり経済的な付加価値を生み出す。企業の利益は、給与や賞与として従業員に還元され、また株主には配当として還元される。その金が市中にまわり、消費が活性化さると同時に、再度それが投資のための資金として循環するわけだ。

景気が過熱すると、日銀は公定金利を上げることで、資金供給を抑制する。流通する資金量が減れば、相対的に貨幣価値が上がり、インフレが抑制される。逆にデフレが発生すると、日銀は金利を下げることで資金供給量を増やし、デフレを抑制する。

しかし、恐慌と呼んでもいいこの不況下では、もはや金利ゼロにしてもデフレは収まらない。金利をマイナスにはできないから、今度は銀行などが日銀から借りられるカネの総枠を増やすしかなくなる。つまり、極論すれば銀行に過大な与信を与えるようなものだ。これがいわゆる「量的緩和」の本質ではないかと思う。

しかし、今回の不況は、経済の極端な加熱、つまりバブルに端を発している。サブプライム問題も、本来、返済能力が低い所得層に大金を貸し与えて住宅を買わせるという、日本の不動産バブルと同じ構造が崩壊したものだ。つまり、経済は水ぶくれをはじけさせて、本来あるべき位置に戻ろうとしているのだ。これは、一時的な景気の低下とはメカニズムが根本的に違うと思う。つまり、ここで発生しているデフレは、経済が正常な状態に戻るための過程で発生するものだ。バブル下で発生したインフレもまた、通常のインフレとはメカニズムが異なる。

物価の上昇は消費の活性化によって発生する。消費の活性化は、消費者ならば可処分所得の向上、つまり給与などの収入の向上や事業者ならば事業収入の増加と事業拡大に伴う投資などによって発生するのが自然だ。つまり、カネの価値が下がったのではなく、モノの供給が足りないという市場原理によるものだ。

しかし、インフレと呼ばれるものは、この物価が経済の拡大規模以上に上昇してしまうことである。つまり貨幣価値が相対的に下がるということだ。だから、貨幣の流通量を抑制することによる貨幣価値に対する操作が有効になる。バブル下での消費加熱は、当然ながらインフレを引き起こす。しかも、不動産価格に見られるような極端なインフレである。問題は、価格が大きく上昇したのが、いわゆる投機的な取引の対象になるものだったことだ。投機対象の代表格である株のみならず本来、流動性の低いはずの不動産までもが投機の対象になってしまったことが最大の原因だったのだろう。

皆、争ってこうした投機商品を購入した。結果として資金がたりなくなったが、値上がりの激しい土地などを売買した利益は金利を大きく上回るから、皆、借金してでも土地を買った。この借金は、元をたどれば日銀から市中の銀行を経由して流れたものである。実は、バブルに伴って、本来流通すべき以上の資金が市中にあふれていたわけだ。おまけに、市中に流れている現金の多くは借金によるものだ。これらのカネには債権というヒモがついている。本当のカネの持ち主は債権者であり、市中に出回っているカネはみせかけのカネである。悪いことに、この「債権」までもが市場取引されて、これまたバブルにさらされてしまう。結果として経済は二重に水ぶくれしてしまったわけだ。

バブルの崩壊で何が起きたか。消費の過熱が終わった瞬間、本来の価値をはるかに上回る値段がついていた土地や投機的な商品の価格が一気に暴落した。結果として借金だけが残る。しかし、借金して得た金は、既に市中にまわってしまっていて、債務者の手元にはない。あるのは価値が大きく下がった資産だけである。かくして、債務者は債務を果たせず、債権は不良債権となる。倒産、破産の増加と金融機関の経営悪化はこれが原因だ。しかし、現金はまだ生きている。市中にはバブル時に出回ったカネがまだ残っているのである。理屈から言えば、必要以上のカネがあるはずなのだから、相対的に貨幣価値が下がるはずだが、それ以上に、物価の下落が大きくなっていた。それもそのはず、本来の価値を遙かに超えた値がついていたわけだ。それが正常に戻る過程を「デフレ」と捉えてしまったことが、最初の間違いだと思う。むしろ、こうした極端な経済の変化が国民や企業の不安をあおり、消費や投資を冷え込ませたことが最も大きな問題だ。ここで、金利を下げても、既に十分な資金が世の中には供給されているわけだから、デフレ抑制効果はない。むしろ、必要だったのは、将来に対する不安感を払拭し、バブル崩壊の影響が少なかった企業や消費者が、投資や消費を再開できるようにする政策だったのだと思う。バブル崩壊の影響を食らって身動きが取れなくなっている企業や特に金融機関などへの救済策は重要だが、結果的に、そこに公的資金を供給することで、さらに市場での資金流通量を増やしてしまった。しかし、その資金は市中に流通せず、どこかに滞留している。そのどこかとは、金融機関と、バブル崩壊の影響をまぬかれた企業や個人である。これがもう一つの重要なポイントだ。

そもそもカネが流れるパイプが詰まってしまっているのである。あちこちに大きな池が出来て、水がそこにたまってしまっているようなものだ。別の言い方をすれば、カネを持っていて、しかも使える状態にある企業や個人は、いまのところそれ以上のカネを必要としない。ただ、この経済状況下でいますぐ大きな投資に打って出ることも難しい。一方で、不景気にさらされている企業は、カネもないし、市場が縮小してしまっているから投資もできない。ましてや、そういう企業に勤める個人はなおさらだ。余裕があるはずの企業ですら、不景気面をしてしまうのは、それが強欲からなのか、それとも経済状況が不透明で慎重になってしまっているのか、まぁ、横並びでここぞとばかり支出を抑えにかかる。それが、さらに市場を冷え込ませるわけだ。

こんな状況下で金融機関が資金を得たとしても、貸す先がない。少なくとも銀行がリスクをとらなくてすむ優良企業は既に潤沢に資金を持っている。となれば、少し危ない企業や個人にでも貸し付けるしかない。だが、バブルで懲りている銀行経営陣はそんなリスクをとりたくない。そこで目をつけたのがサラ金だ。もともと、サラ金は銀行のお得意様である。ただ、「サラ金」には悪いイメージがつきまとうから、銀行は直接手を出せない。そこで、お化粧直しをして、自分の系列に加え、さらに、銀行のブランドを使わせ、挙げ句の果てには、銀行自身のローンに債務保証をさせるというような作戦に出た。要するに、そんな姑息な手を使ってでも、銀行はダブついている資金を貸さなければいけない状態だと言うことなのだろう。

結果として、狙われたのが住宅ローンだ。国の優遇政策がそれを後押しした。銀行の資金は様々な経路で住宅購入のために使われていく。住宅だけではなく、車などの高額な商品や教育ローンまで。結果として、水面下ではまた債務と債権がふくらんでいき、経済をさらに不安定なものにする。

つまり、日銀の金融緩和策はデフレ克服どころか、経済をより不安定化させる要因になってしまっているのではないかと私は思うのだ。今の経済状況は日銀では解決は不可能だ。むしろ、政治が国民や企業に、経済の先行きに対して安心感を与えることが最も必要なのだと思う。これによって詰まったパイプを通し、カネが流れるようにすることだ。このまま無理に資金を供給し続ければ、ちょっと景気が落ち込めば、また不良債権と倒産、破産の山を抱えることになるだろうし、一方で景気がよくなると必要以上の資金が流通することで、またバブル化する危険もある。いずれにせよ、危険きわまりない状態だと思う。

私は経済に関しては素人だが、このストーリーはなんとなく理屈だけは通っているように思う。これが現実に起きていないことを切に祈りたい。

風強し

user-pic
0

なんだか3度寝くらいして、気がついたら10時過ぎ。まぁ、これといってすることもないし、とりあえずシーツとか大物を洗濯機に放り込んで、それから朝食、というかブランチの買い出し。今日もいいお天気、でも風がかなり強いので、寒く感じる。

そういや、この崖の上に、巨大マンション様建築計画が持ち上がっている。頭の上が騒がしくなりそうだが、裏山が多少高くなったくらいの影響しかないから、まぁ、いいんではないかと。地デジの反射波の状態がかわる可能性もあるので、ベランダアンテナの調整は必要になるかもしれないけど、完成する頃にはスカイツリーができあがっているので、今よりは受信状態はよくなるだろうから。それより、このあたりもマンション建設ラッシュだ。あちこちで、山の上にマンションを建てている。景気が悪いというのだけど、売れてるみたいだから不思議だ。でも、ちょっと疑問に思うのは、たとえば35年なんて長期ローンを組んで、マンションを買うのと、借家住まいを続けるのとどちらがいいか、ということ。戸建てなら少なくとも土地はあるから、建物のメンテナンスをうまくやれば、なんとかなるし、すべて自分の判断でできる。一方、共同住宅であるマンションは、何事につけて自治会とかの了承がいる。まして、大補修工事などとなれば大変だし、合意なんてそう簡単にとれるものじゃない。結局、最後は買うほどの金を払って立て替えるか、僅かの金で権利を売って引っ越すかしか道はないのではないか。金持ちが有り金で買うのならともかく、借金してまでマンションを買う、というのは私はちょっと疑問に思うのだ。まぁ、都会の住宅事情から言えば、戸建てを買う=長時間通勤を覚悟するということに近いのでマンションに走る気持ちはわからないでもない。だが、リタイアしてもなお残るような借金をしてまで買うほどのものではないような気がするのだ。収入が細ったあとで襲ってくる大きな支出、これも考えておいた方がいい。

まぁ、持たざる者のやっかみかもしれないけど。

借金、という話から言えば、日本国民の総借金額はいったいいくらなんだろう。国の借金はよく問題にされるが、国民の借金の話はあまり聞いたことがない。経済にとって、消費者の借金は長期的に見ればマイナスに働くだろう。要するに、将来の原資を食いつぶしていることになるからだ。国だけじゃなく、経済全体が自転車操業しているような状態だったら怖い。景気が右肩上がりならば、なんとか回っていくが、こうした不景気の状況下ではそもそもうまく回っていくはずがないと思う。そこを見て見ぬふりをしてきた結果が、この「失われた20年」だったのではないだろうか。そんな状態では、消費の活性化などできるはずがない。僅かばかりのバラマキで一時的に上がったとしても、結局借金は増えこそすれ減ることはなく、そのあとまた大きく落ち込むはずだし、実際、この20年ほどはそうなっているように思う。一方、金を持っている人たちも、不安感からその金をなかなか使おうとしない。そりゃそうだ。こんな先行き不透明な世の中、貯えはあるにこしたことがない。結果、本来世の中に回っていくべきカネがまわらなくなる。かくして、借金した金と「債権」という二重帳簿で経済だけが回っていくことになる。少しでも景気が悪くなれば、「ご破算」である。こんな不安定な世の中に誰がしたのだろう。少子化問題だってマクロにみれば、根は同じだ。子供手当なんて考える前に、保育所を増やして待機児童を減らすほうが、よほど少子化対策になる。いつになったら、日本の政治はそこに気がつくのだろうか。もっと安心できる世の中が必要なのに・・・

そんなことをぼんやり考えながら、今日もまったりと過ごした。午後は、ちょっと宿題になっていたデータ分析(某協会のWGのお仕事)をやったり昼寝したり、そんなこんなで夕暮れに。今日は、夕焼けのグラディエーションがなかなか綺麗だった。

月と木星が近づいてきた。でも、今回はこれ以上は近づかなさそう。月の方が北寄りを通るような感じだ。

改造後のPCはなんとなく順調に動いている。これまでなんとなく重かったAVCHDやAVCRECの動画再生は見違えるようにスムーズに流れている。BDの再生もしかり。そりゃ、一昔前のスパコンほどの計算能力を持たせてしまったのだし。これを使って何をしようか、暗号解読?(笑)それとも何かのシミュレーションプログラムでも書いてみようかな・・・。暇があれば・・・だけど。

さて、晩飯でも食いに行こうか。

参院選たけなわ。テレビでは毎日、各党党首の演説風景が放送されている。家の近所は不思議と選挙カーが少なくて静かなのだけど、数年に一度の「お祭り騒ぎ」にはちがいない。

しかし、各党の言うことを聞いていて何か違う・・・と思うのは私だけだろうか。まずは、与党の党首。そりゃ、野党が与党を集中攻撃するのはあたりまえ。1対Nで論戦をする覚悟がなくて与党党首は務まるまい。それが政権党党首の責任だろう。だが、そういいたくなる気持ちもわからないではない。それは野党たちの態度だ。結局、自らポイントを稼ぐ材料もなく、敵失だのみ。そろって与党の足を引っ張るしか、自分たちの存在感を出すことができないというのも情けない。某野党から飛び出した小政党の言い分などは、まさにそう。結局、どこも過半数を取れなければ、自分たちがキャスティングボートを握れるという思惑はありありだ。しかし、前与党の顔ぶれを見ても、これが政治的な不安定さに繋がることは明らかだ。少数派を無視はできないが、それが力を持ちすぎるような主客転倒はありえない。

結局、彼らは国民が、何を嫌っているのかがまったくわかっていないのだろうと私は思う。つまりは、政治家が自分たちの思惑で、勝手な理屈をならべて国を仕切っていることが気にくわないだけなのだ。国民を小馬鹿にしたような態度に鼻持ちがならないだけなのだ。いつになったら、彼らはそれに気がつくのだろう。いや、気づかないから、「政治家」なんかやってられるのかもしれないのだけどね。

日本の政治課題

user-pic
0

迷走与党(民主党)に自己崩壊をはじめた野党(自民党)、初心者与党に初心者野党、どちらも互いのあり方を批判してきただけに、身動きが取れないという皮肉。普天間問題に象徴される、複雑な政治課題の蓋を安易に開いてしまったのは、野党感覚で選挙を戦った民主党。さすがに自民は、おそらくこの結果を予想していただろうと思う。

しかし、だから今の結果がすべて悪いかといえば、そうではないと思う。少なくとも、普天間についてはこの問題の根深さが浮き彫りになった。沖縄が基地問題で背負っている負担も改めて浮き彫りにされたし、これまで自民党政権下で蓋をされてきた民意も白日の下にさらされた。このことはよかったと思うし、この問題では、まず譲らないであろう米国にも認識はされただろう。少なくとも、これまで以上に米軍は地元に気を遣うことになろう。

でも、ここから先はまだ闇の中だ。はたしてどこに落とすつもりか。戦略的に見て、沖縄は米軍にとって、現在、アジアで最も重要な拠点だろう。ソ連なき今、もうひとつの大陸国家ににらみをきかせる最高の位置(遠すぎず、近すぎず)にあるからだ。結局、また外圧だのみで、譲らない米国を理由に、大風呂敷をたたみにかかるのか。地元を期待させて、結局何も変えられない、という意味では、これは政治的には大きな罪悪だと思う。

今回の問題は、短期に解決は難しい。だが、少なくともこの問題にまた蓋をかぶせるようなことはしないでほしいと思う。これは、外交としても大きな政治課題だ。多少時間をかけても、沖縄の現状を変えていくような政治を期待したいものだと思う。

政治迷走

user-pic
0

自民党が騒がしい。大物の離党騒ぎがあいついでいる。民主党の体たらくが続く中にあっても、自分たちの支持率が上がらないことが、よほど不思議と見える。一方、政権党である民主もわけがわからない。小沢問題は、いつのまにか沖縄基地問題にすりかわり、鳩山首相がまずは悪役を引き受けた形になったが、参院選問題でまた小沢問題がちょっと浮上中。結局、これは民主党の体質というか、小沢一党の根深さを露呈したものだと思う。

自民にしてみれば、失点続きの民主の足下をすくって点を稼ぎたいところだが、身内から足下をすくわれている。離党組の言い方も気になる。自民党にいたのでは支持率を稼げないから、新たな「野党」を作って票を分散させるのだとか。で、選挙の後、どうするつもりなのだろうか、というのが最大の疑問。

民主も民主だ。小沢のあの自信はどこからきているのだろう。少なくとも国民の支持を得ているという自信ではなさそうだ。もしかしたら、自民のごたごたも彼の仕業なのだろうか・・・・などと疑ってみたくもなる。

選挙目当て・・・・の動きとしか見えないのがなんとも悲しい。しかも、政策で・・というよりは、目先を変えて・・・というような発想が見え見え。どこまで国民を小馬鹿にしたら気が済むのだろう、あいつらは。そういう政治家に愛想をつかして、国民が民主を勝たせた、ということがまだわかっていないらしい。このままでは、本当に政治不信が根深くなってしまう。すでに国政は盤石だった官僚機構を失った。あとは、政治手腕(の貧弱さ)がどんどん露呈されてくるだろう。マスコミもまじめな政策ネタよりは、こうしたどたばたのほうが面白いから、どんどん報道する。結果、政治家はどんどん国民からあきれられる存在になってしまうのだ。

そろそろ目を覚ませと言いたい。

しかしまぁ、利用者不在の議論を続けてるな・・・と。まぁ、新経営陣の特色を出したいのだけど、それに振り回される利用者の身にもなれ!、と言いたい。まぁ、目先の経費削減を優先した形なのだろうが、中長期的に見ればどうだろうね。

ワールドワイドに見ればデルタ・スカイチームのネットワークのほうが大きいのだし、利用者にとってもメリットは大きいはず。個人的な思いを別にしても、またアメリカンとの提携に戻る理由は見当たらない。

国内線をJALに乗り換えようかと思ったのだけど、やっぱり、これまでどおりANAにしておこう。サービスもいいしね。

 

まぁ、頑張ってくれたまい!、いなもりさん。

いよいよ始動した新政権。さて、その出足はどうだろうか。まぁ、あれこれ批判もあるし、必ずしも順調にはいっていないようにも見えるが、少なくとも足を前に進めようとはしているようだ。

もともと楽な公約ではない。時間はかかるだろうが、着実に、マクロな視点から政策を進めていってほしい。一時的にはマイナスも出るだろうが、国民全体にとって100点満点はそもそもありえない。5年、10年、20年といったスパンで見て、何がこの国を根底からよくしていくことなのかということを見失わないでほしいと思う。

八ッ場ダムの話がその象徴だ。メディアでは地元の反対意見のみが強調されているが、この話こそ、もっとマクロにとらえるべきだ。そもそも、地元の反対論の理由は様々だ。住民の多くは、親の世代の長年の反対運動に辟易した第二世代。心配しているのはこれ以上、生活がかきみだされること。ダム中止で行われるはずの生活関連投資も減らされるのではないかとの警戒感のように見える。しかし、自治体や首長の反対理由はかなり微妙だと思う。1都5県がまとまって・・・とはいうが、反対理由はそれぞれ違っているようにも見える。これらをきちんと区分けして個別に対処していくことだ。メディアもそのあたりは考えてほしいと思う。

なによりも、この話が、時代遅れの巨大土建案件一層の旗印となるのであれば、多少金がかかってとしても推し進めるべきだろう。これは国レベルの話だ。費用の問題は、この案件だけに矮小化されるべきではない。住民の生活補償を十分に行い、必要な投資をして地元の振興をはかることが重要だ。それによって、今後、様々な無駄遣いが高くつくことを示して、無駄な公共事業をなくしていくことが重要だ。すこし長い目で見れば、十分に効果は出ると思う。

自民党の景気浮揚策は、公共事業や建設投資と庶民の消費たきつけに偏っていたと思う。たしかに建設投資は雇用を増やし、地元に有益なように見えるが、土建屋のヒエラルキーを考えると、そのカネが十分に地元や住民に還元されるとは考えにくい。雇用に関しても、低賃金で不安定な一時雇用を増やす効果がそのほとんどだ。これは、ある意味で今の格差社会を生んだ元凶でもあろう。

一方、わずかばかりの金をばらまいて、消費ムードを高め、それ以上の出費を庶民にさせてしまうというのも愚策だ。これに乗せられてしまうのは、金を使いたくても使えない人たち。堅実な人たちは貯蓄や生活のためにあてるだろうが、まんまと乗せられてもらった以上のカネを使って、逆に生活に困る人も少なくないんじゃないかと思う。前にも書いたが、消費を増やすには、まず金を持っている人に金を使ってもらえるようにする必要がある。今のように、不安ばかりの社会では、堅実な人ならば消費を抑えて貯蓄にまわすだろうし、多少のばらまきをやってもそれはかわらない。北風と太陽ではないが、自民党・公明党の政策は北風のようだ。弱者を吹き飛ばして裸にし、それ以外の人は守りを固めてしまう。民主党には是非、太陽政策を期待したい。不安感を払しょくすることが、今の社会の様々な問題、たとえば少子化などを解決することにつながると思うから。

真価はこれから問われることになる。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち政治・経済カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは所感です。

次のカテゴリはです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。