所感の最近のブログ記事

いまさらながらに、こんなことを書くのだけど、個人情報保護法騒ぎ、Winny騒ぎ、JSOX騒ぎ、そして昨今のクラウド騒ぎを見ながら、あらためて思ったことがある。つまり・・・・

ITリテラシの低いセキュリティ屋は「役に立たない」ということだ。

何の役にたたないかと言えば、「ビジネス=仕事」である。いまやITなしでは仕事ができないし、新しいIT技術をどんどん活用していくことが、ビジネス上での競争力に繋がる。20世紀終盤に言い尽くされてきた言葉のはずだが、これを台無しにしてしまった奴らがいる。それが、ITを知らない、「自称セキュリティ屋」たちである。

最新の技術を使いこなしていくことがIT活用の本来の姿であるとすれば、その足を引っ張りつづけることは「悪」以外の何者でもない。たとえば、しゃぁしゃぁと「ノートPC持ち出し禁止」などというばかげた主張をしてしまう奴らだ。いったい何のために買ったノートPCなんだろうか。リスクがあるならば、それを回避して「使う」方法をきちんと考え出すべきであり、「使うな」ということでは決してないだろう。ビジネスは「待ったなし」なのだから、新しい技術が使われ始めてから使い方を考えたのではもう遅い。先回りして、安全な使い方を研究しておくのが、本来のITセキュリティ屋の仕事のはずだ。

どうしてそんな変なことになってしまうのか。そういう連中を、そんな仕事につけた人たちの責任も大きいから、彼らだけを責めてもしかたがないのだが、そもそもITがわからなければ、ITのセキュリティポリシーやガイドラインを決められるはずもない。IT部門の技術畑の意見は聞いても。技術的な本質がわからないから当然疑心暗鬼になってしまう。理解するでもなく、全面的に彼らを信用するでもない。結局、意見は半分に聞いておいて、ありきたりのベストプラクティスにたよってしまう。それならばまだマシだが、最悪なのは自分が責任を負えないから、(ありえないルールを作って、それを破った)人の責任にしてしまおうという連中だ。持ち出し禁止を唱えるような輩はそんな連中が多いと私は思う。

世の経営者の皆さんに言いたい。セキュリティ屋にするなら、IT畑のエース級にきちんと教育を施して育てるのが一番いいと。間違っても総務端や法務畑の余った人材を回すべきではない。ITを使いたいと思わない人間にITのセキュリティをまかせてはいけない。それは会社のIT活用を阻害し、競争力を損なってしまうからだ。

いまさらながらだけど、ふとそんなことを考えながら、怒りがこみ上げてきたので・・・・書いてみた。

 

#リアルでのお仕事に関した愚痴ではないので、念のため・・・(苦笑)

雪の朝と・・・

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なんだか明け方から寒かったのだけど、夜が明けてカーテンを開けてみて理由が判明。また雪景色だし。そりゃ寒いわけだ。

まぁ、例年、何日かはこんな日もあるので、驚きはしないのだけど、なんとなく寒さがきつく感じる、気分もちょっとどんよりとした朝。電車が遅れていなければいいけど、などと心配してたら、自分が家を出遅れて、危うく遅刻するところだった。

そういえば、故郷の冬は、ほとんど毎日がこんな感じだった。それも故郷を飛び出した理由のひとつに数えられなくはない。実際、スキー場の雪と、自分の生活圏での雪はまったく感じ方が違うから、人間というのは(・・とあえて一般化してみたりするが・・)勝手なものだ。午後から天気は回復するとのことだったので、今朝は始末に困っているビニール傘を持って出て、駅にある「善意の傘立て」に置いてきた。まぁ、この傘立てにはたまにお世話になることもあるから、たまには傘を提供しておこうかと。

しかし、仕事が多いので、なにかとバタバタしていて一週間が速い。もう木曜日・・・。でもまぁ、一昨年の忙しさに比べると、仕事が進んでいく爽快感があるので、ぜんぜん気分的には違う。報われない忙しさはごめんだが、こういう忙しさならば、むしろ望むところだ。さて、あと1日で週末。もう一頑張りしますか。

しかしまぁ、利用者不在の議論を続けてるな・・・と。まぁ、新経営陣の特色を出したいのだけど、それに振り回される利用者の身にもなれ!、と言いたい。まぁ、目先の経費削減を優先した形なのだろうが、中長期的に見ればどうだろうね。

ワールドワイドに見ればデルタ・スカイチームのネットワークのほうが大きいのだし、利用者にとってもメリットは大きいはず。個人的な思いを別にしても、またアメリカンとの提携に戻る理由は見当たらない。

国内線をJALに乗り換えようかと思ったのだけど、やっぱり、これまでどおりANAにしておこう。サービスもいいしね。

 

まぁ、頑張ってくれたまい!、いなもりさん。

2010年

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そういえば、行方不明になったディスカバリー号を探しに、「ソ連」の宇宙船で木星に・・・・・というのは今年という設定だったな。HALの復活、ボーマンの幽霊・・・・。結局、人間の宇宙旅行はまだ月どまり。宇宙ステーションだって、いわば宇宙のプレハブくらいのものしかないし、コンピュータは当時想像できなかったくらいに高速、大容量になってネットも発達したけど、鉄腕アトムもHALも鉄人28号(違?)もまだいない。ソ連はもうとっくの昔に崩壊してるし、世界の破滅は1999年から2012年に予言を変更。未来予測がいかに難しいかを物語っているのかもしれない。

そんな2010年だけど、これもひとつの区切り。でも、21世紀は確実に進んでいる。東京の景色はこの10年に大きく変わった。超高層ビルがあちこちに林立しはじめて、新しい電波塔であるスカイツリーもその頭角を現しつつある。50インチの大画面テレビが普通に自宅の居間にある姿も、子供のころに描いた未来の一部だろうけど、実際、今はそれが普通になってる。でも、こうして田舎に帰ってみると、周囲はあまりかわっていない。イノベーションの恩恵はどうやら都会に集中してしまっているようである。

この10年、いやこれからの10年も、20世紀と21世紀がせめぎあって、混在し、だんだん21世紀が勝っていく過程をみることになるのだろうと思う。できるなら、都会だけではなく、地方もその恩恵を受けられるようになってほしいものだ。不要な土木工事ではなく、もっと生活に密着したところで、ハイテクを使った生活を支えるシステムを、地方でこそ実現すべきではないかと思う。それが、暮らしにくい都会に人が集中することを防ぎ、少子化など現代の問題を解決する道なのではないかと思う。

ネットワークがこれだけ発達した社会。クラウドコンピューティングが発達すれば、その基盤システムは、土地の高い都会にある必要はない。広大な土地が信じられない値段で手に入る田舎にこそ、こうした施設は作られるべきだ。「雲をつかむ話」でも最後に書くつもりだが、真のクラウドコンピューティングが実現すれば、こうしたことがたやすくなる。システムは高度に分散、多重化された基盤の上で動くから、障害対応のためにデータセンタに走る必要はなくなる。なぜならば、システムの運用と仮想化された基盤の運用が分離できるからセンターが田舎にあっても何も問題はなくなるからだ。センターの要員はハードウエアとそのセンターに閉じたインフラのメンテナンスができればいい。システム全体は集中制御で、数か所の拠点センターが受け持つという形だ。これができれば、クラウド基盤の提供コストも大きく下げられるだろうと思う。

クラウドだけではない。たとえば、大きな敷地が必要な太陽光発電所などを、土地が安い田舎につくることもできる。たとえば、太平洋側、日本海側の季節による天候の変化、東西の日照時間の違いなどをうまく使って電力を融通するようなこともできるかもしれない。冬場は天気が悪い日本海側は風力発電などと組み合わせると面白いかもしれない。今の送電システムでは限界があるのだが、米国のスマートグリッドをずっと大きくしたような全国レベルのグリッドができれば、面白いことができるんじゃないだろうかなどと妄想してみる。

さて、今年はこの「雲」にどっぷりと浸る仕事をしなくちゃいけない。年明け早々、課題も多いのだけど、この休みのあいだにエネルギーをためて、ロケットスタートをかけたいものだと思う。本当の意味でのクラウドコンピューティングとは何かを追求し続けたいなと。セキュリティのほうは、クラウドを取り組む中でいっぱい考えなきゃいけないことがありそう。ただ、考える前提はクラウドを「使えるものにする」という前提。セキュリティは新しいテクノロジーやビジネスの「イネーブラー」、推進剤として機能しないと、単なるセキュリティ屋の自己満足、我田引水や責任回避におわってしまうから。

プライベートでは、これまでの趣味に加えて、ちょっと学生時代に挫折した勉強をやりなおしてみようかなと思う。まずは、算数のお勉強のしなおしかな。本当は古典力学、電磁気学、相対論や量子力学あたりから、現在のブレーン理論までざっと見直してみたいのだけど、そのための算数をちょっと勉強しなおさないと、算数がネックなのが挫折の原因だったので。ま、ゆくゆくは老後の楽しみで大発見でも目指そうかと。

家は昨年9月に思い切った大掃除をしてから、その状態を保っているので、今年はその維持と、もう少し、モノを整理して使い勝手をよくすることが目標。それから宅内ネットとサーバの仮想化。年明け早々に新しいF/Wが来るので、ネットワークをVLAN化して・・・・なんて、やりたいことが多過ぎ?

まぁ、とにかく、今年も、周囲からあきれられるほどの「元気おやぢ」でありたいと思う元旦であります。

そういえば、今日で、10年。2000年に前職から今の会社の系列に転職してから、もう早いもので、まる10年が過ぎました。

この10年の入り口は、自分にとって大きな変化でしたが、その直後にあっても今の自分は想像できませんでした。10年のあいだに様々なことがあり、またしても人生をやりなおしたほどの経験をし、精神的にも(もちろん物理的にも・・・orz)一回り以上大きくなれた気がします。いまだ背伸び、大風呂敷、それに伴う失敗や悪戦苦闘は続いていますが、そのぶんどんどん自分が大きくなっていくようで楽しい気がします。そんな自分に期待してくれる人たちがいてくれるのも大きな励ましです。

そういう意味で、この10年目の1年は、ちょっと本来の自分を取り戻すための1年であったような気もします。昨年末に、うつになって半年間の休業を経験し、その間、本来、自分とは何なのかを、あれこれと考えてきました。結果、自分はとにかく走り続けていくしかないのだと改めて感じたわけで、そうして自分というものを広げていく快感をこれからの10年も感じ続けていければと思っています。

突っ走れば波風も立ちます。でも、それを恐れていてはなにもできないし、それを支持してくれる人たちや、一緒に走ってくれる人たちがいる限りは、走り続けよう、今の自分では正面から崩せない壁も、ちょっとコースを替えて裏側から蹴飛ばせば、意外と簡単に崩せたりするので、多少、まわりみちでも立ち止まるよりは走り続けることを選ぼうと思っています。

次の10年、そしてその最初の1年をどうするかは、改めて書くつもりですが、この10年そして今年も公私ともに私にお付き合いいただいた皆様、一緒に走ってくれた皆様、振り回された皆様すべてに感謝をこめてご挨拶を申し上げます。おそらくは来年もその先も、立ち止まっている皆様には、衝撃波を食らわせる煩い存在になると思いますが、私はそういうやつですのでご容赦を。一緒に走ってくれる皆様、急な方向転換や急加速はご容赦くださいませ。どれも、少なくとも仕事の上では必要なことだと確信しての上の犯行でありますから。スピード勝負で行きましょう。

 

ということで、今年の、この10年の総括まで。

昨日はいいお天気だったから、朝から掃除、洗濯、布団干しなど、あれこれやって、遅い目の昼飯をいつものそば屋で食べてから、向かいのコジマを冷やかし・・・のつもりだったが、折悪く、DSiーLLの発売日。DS-Liteのスペシャルカラー(クリムゾン・レッド)は気にいってはいるものの、画面が小さくてRPGなどの長時間プレイは目が疲れて無理。ドラクエもとん挫したままになっている。出たら買おうと思っていた「おじさん、おばさん向けDS」なので、即ゲットしてしまった。

それから、家に帰ってとりあえずバッテリーを充電しながら、あれこれ・・・。最近日が短いので、あっという間に陽が傾いて・・・・。気持ちいい感じなので、久しぶり気夕方のお散歩に出かけた。もうちょっと寒くなっている。

いつもの公園の木々はすっかり紅葉して、夕陽を受けてあざやかだ。

この公園から、いつもの高台に登って、夕陽を見るのが夕方の散歩パターン。ぼちぼち歩きながら、またしても昨日の昼のようなことを考え始めた。こうして見えている、自分を完全に取り囲んでいるように見える景色が、実はそれがすべてではなかったら・・・・。すべてを電磁相互作用に依存している人間の五感は本当に信じられるのか。まぁ、この疑問は自分の存在、いや人類やこの世界自体の存在への疑問にもつながりかねないので、非常に危険なのは承知しているのだが、最近ついついそういうことを考える。高次空間に繋ぎとめられた薄っぺらな3次元方向にしか厚みのない世界にいるのが我々なのか、もしくは、光というものの性質のせいで、そういうふうに(周囲に存在している他の次元方向にあるものが存在しないように)見えているだけなのか。この美しい夕景も、もしかしたらまったく違う見え方をするのかもしれない。

見えているものとの間の距離は、本当に見えているとおりなのだろうか。これは、単に我々が知覚できる3次元のスクリーンに光というものによって投影された影なのではないだろうか。同じ距離に見えるものでも、実はもういくつかの次元を加えて距離を測ると、バラバラなんじゃないだろうか。光によって見えるものは、すべて自分にとっては過去の影だ。アインシュタインによれば、この影の状態以上に、今に近いものを考えることは無意味らしい。しかし、それはなんとなく不自然に感じられる。その同時性における不確かさの大きさは、距離が遠くなるほど大きくなるらしい。もちろん、これは光の速度が自然界の最高速度であると仮定しての話だ。しかし、そもそもその速度は何を基準に測っているのか、それは測り手の固有時間に過ぎない。どの固有時間で測っても同じ速度に見えるという光の性質を、私はそのまま受け入れることができない。そうさせている何かが、より高い次元に存在するはずだ。いや、時間そのものについての考え方が間違っているのだとすれば、そうした時間に依存した測定は少なくとも、今考えられているような意味はもたなくなるだろう。

また、頭がこんがらかってきたので、少し忘れて、夕陽をながめることにした。この太陽は、8分前の姿だ。でも、これを見ながら、今現在の太陽がどうなのかを想像することをやめられるだろうか。それはあまりに不自然に思える。ちなみに、8分前太陽を出た光の中には、太陽の中心部で100万年も前に生まれたものがあるらしい。太陽の中心部から光が外に出てくるには、それくらいの長い年月がかかるのだそうだ。もちろん、まっすぐに出てこられるわけではないのだが、それにしても、この落差はなんだろう。

そういえば、光は物質が存在する空間では速度が落ちる。これも不思議な話だ。真空中の光の速度は自然界の最高速度だが、たとえば水の中ではそうではない。光、つまり電磁波の伝わる速度よりも速いものが存在する。チェレンコフ効果という、高エネルギーの粒子やニュートリノの検出などに使われている現象は、たとえば水中を光よりも速く動く荷電粒子に電磁場(もしくは光子)が追い付けずに引きはがされて光として見える現象なのだそうだ。ちょうど、飛行機が音速を超える時の衝撃波に似ているかもしれない。そうなることの理論的な説明はあるのだが、なんとなく感覚的には納得がいかない。これが、私が理論家になれなかった(ならなかった?)理由なのかもしれないのだけど。

ともあれ、光、時間、不思議なものがこの世界には多い。たとえば、パラレルワールド仮説を例にとれば、この瞬間も世界は枝分かれしている。たまたまこれを読んでしまったあなたは、なんらかの理由で読まなかった自分とはすでに違う時の流れにいるわけだ。私もそう。この瞬間にも、これを書くのに一回で書けただろう私と、ミスタイプをした私はすでに違う時間の流れの中にいる。時間の流れは、もしかしたら確率的な広がりを持つものなのかもしれない。今の私がある原因の連鎖の結果だとすれば、それ以外の時間軸を持ってしまった私は、今の私の(時間の流れの空間において)周囲にに確率的に分布しているはずだ。それじゃ、時間は1次元じゃないのか。今の私という存在は高次元における私全体のひとつの切片でしかないのか。

こう考えると、そこから先にまた妄想が広がる。きりがないし、頭も疲れるので昨日はこれくらいで切り上げた。でも、こんなメモ的な日記を残しておけば、また続きを考えられるし、もしかしたら大発見ができるかも・・・なんて夢みたいなことも考えられるから楽しい。

さて、家にかえったら、DSが充電完了していたので、さっそく動かしてみた。まず、家の無線LANにつなごうとしたのだけど、これがうまくいかない。さすがに、このご時世、家はWPA2/AESを使っているのだけど、これはDS的には「上級者向け機能」ということになっている。APにはすぐにつながったのだけど、そのあと何度やってもDHCPでうまくアドレスがとれない。固定アドレスを設定してみたら通信はしてるみたいだけど、DNSへのアクセスがおかしくてネットにつながらない。どうやら設定したネットマスクもおかしいみたいで、ブロードキャストがうまくいかないようにも見える。これは、もしかしてバグなんだろうか・・・。「上級者機能」だからなぁ、そういうこともあるか・・・。ネットにつながらないとファームウエアも更新できないしなぁ・・・。困った。結局、これで3時間ほど悪戦苦闘して、昨夜はおしまい。ま、従来通りのゲームはできるので、そのうち解決策が見つかることを期待していよう。

久しぶりの散歩

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このところ、膝の具合が悪くて長時間歩くことをちょっと控えていたのだけれど、いい天気で、それほど寒くもなかった今日は、久しぶりにお昼の散歩に出かけてみた。

気持ちのいい青空、ひんやりとして気持ちのいい空気、日差しはまだ少しまぶしいけれど、暖かい。春先に、満開になる桜並木は、すっかり葉も色づいて散り始めている。

また、春が来たら桜のアーチになるのだけど、しばらくはお預けだ。とりあえず、ぶらぶらと橋を渡って豊洲あたりまで行ってみた。運河沿いも気持ちがいい。水面にうつる日差しもずいぶんと柔らかくなった。青空をうつした水面も気持ちがいい。そういえば、このあたりの川岸を見ると、ずいぶん水が綺麗になったなと思う。川岸の浅瀬は綺麗に底が見えるから。

なんとなく時間の流れがゆっくりになった気がする。ちょっとこのところ、仕事がペースアップしてきたので、こういう時間も大切にしたいものだと。

時間といえば、ふと今日も、こんなことを考えながら歩いていた。時間ってなんだろう。昔から時間の流れの存在は、暗黙に認められていて、誰もそれに疑問を抱かない。しかし、考えてみれば、これほど感覚的なものもない。実際、時計は一定かつ共通の時間の尺度に見えるが、厳密にいえば、たとえ原子時計であろうとも、すべての時計は異なる時を刻む。単に人の感覚では違いが感じ取れないだけだ。もしかしたら、時間などという独立した軸は存在しないのかもしれない。時間は位置や運動と渾然一体として、相対的なものだ。物が動くから時間が存在する。動き方によって時間もかわる。アインシュタインの考え方だが、もう一歩進めて時間(ここでは固有時間のことだが)を独立した軸としてではなく、他の軸(次元)と同等なもう一つの自由度であると考えたらどうなるだろうか。なんとなく、タイムマシンパラドックスにひっかかりそうだが、時間はそれぞれ自由にとった4次元空間の中の3次元座標系に固有の流れを持つのだから、高い次元で見れば、運動の一つにすぎないのかもしれない。でも、時間がなければ運動をどうやって表現できるのか・・・。こんなことを考えていると、なんとなく頭がこんがらかってくる。そもそも、絵に描くこともできない、数式でしか表わせない高次元の世界を頭の中で考えることは、アインシュタインやホーキングのような超天才にしか許されないことなのだろう。でも、こういう空想は楽しい。

そもそも、人間は生まれた時から目に見えるもの、五感で感じられるものを信じてきた。まぁ、時々、+α の次元を見通して、普通は見えない存在を見ちゃう人もいるみたいだけど。光、つまり視覚は最も信ずべき感覚だと思われている。しかし、これほどまだ実態がわかっていない代物もない。電磁波?、光量子、質量もないのに運動量は持ってる?、速度は一定で、エネルギーは波長が短いほど高い?。数式上では解けても、誰もその本質はわからない。人間の五感はそれぞれ補完し合っているのだが、よく考えてみれば、五感をつかさどっている感覚器官はすべからく広い意味では電磁作用を使って、情報を収集、伝達している。そういう意味では、電磁場に縛られているわけだから、直接、間接的に電磁場に対して影響を与えるものでなければ感知できないとも言える。重力だって、電荷を持った粒子(質量)と相互作用するから感じられるわけだ。もしかしたら、我々は偽りの世界に住んでいるのかもしれないな、とちょっと疑心暗鬼な感じだ。

ビッグバン以来、宇宙は加速膨張しているというけど、それは本当なんだろうか。結局、理論家はダークエネルギーなる不可思議な概念を加えて、また数式を複雑化してしまう。なんとなく、このままでは最も美しいはずの大統一理論も、不可解きわまりない数式の山になりそうだ。敢えて、過去にやった勉強を捨てて、こういうことを言うのだけど、自然はもっとシンプルなものなのかもしれない。時間、というものが今考えられている以上に不確かなものだったとしたら、すべての計測は無意味になるかもしれないし、ある意味、これまでの考え方を一回捨てて、一から考え直してしまうような大天才が出てこないものだろうか。たとえば、光の速度が一定で越えられない・・・ということだって、時間が自在に変化する世界では、違う見え方をするかもしれない。・・・・妄想だが、これもまた楽しい。たとえば、今我々が見ている光が、実はもっと高次の何かの影だったり副作用だったりしたら・・・。こんな妄想をしだすときりがないのだけどね。

秋空の下の散歩、そして秋の夜長は、こんなことも考えさせるのかな。

出張日程終了

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今日はハロウィーン。今回の出張も無事終了して、現在サンフランシスコ空港のラウンジで搭乗待ちをしている。あいかわらずの時差ぼけは続いていて、今朝も3時に目が覚めて眠れなくなった。まぁ、そのほうが日本に戻ってから体内時計を戻しやすいのだけど。

この2日は、久しぶりにシリコンバレーで企業訪問や現地スタッフと打ち合わせ。そういえば、この2年ほど、社内の仕事中心だったので、すっかりご無沙汰していた。

一昨日は夜、現地の人たちと懇親会。シリコンバレーも最近は、いまいちさえない状況みたいで、ITベンチャーも総じて元気がないらしい。まぁ、ここしばらくは仕方がないのかもしれないが。

ともあれ、やっぱりこういう仕事をしているほうが自分の性に合ってるなと改めて思った出張だった。あちこち行って、いろんな人たちに会って、いろんな技術やビジネスに触れられるこの仕事はやっぱり刺激的。気持ちの上でも張り合いがある。

さて、あとは日本に帰って、明日からまた仕事だ。今朝のSFベイエリアは雲と霧に覆われている。空港もかすんで視界がきかない状態。フライトに遅れが出なければいいのだけどね。まぁ、霧の街の空港なのであまり心配はいらないだろうけど。

さて、あと20分ほどで搭乗開始。そろそろラウンジを出る準備をしようか・・。

今朝(といってももう昨日だけど)は雨のワシントン。昨夜は結構、大雨が降ったみたいだけど、今朝は霧のような小雨。ポトマック川の対岸もかすんでる。

二日目のキーノートは、個人情報漏洩が発生した際の報告(公表)義務について、各国の制度の違いを説明するもの。残念ながら日本は例に挙がっていなかったけど、こんな比較表があるので、それに日本をマップしてみたら面白いかもしれない。実際、グローバルにビジネスをする場合は、各地の法制度の違いをきちんと意識しておかなければいけないので。

ふたつめのキーノートは、メリーランド州の産・官・学の連係について。ITのイノベーションを一番ドライブしているのはどこ?。という話なのだけど、そのあとのパネルで、結局、3者がそれぞれの立場ですべきことを進めていくのが最もいい方法だという結論に至った。実際、メリーランド州はその形がうまく出来上がっているとのことだ。

そのあとのセッションは、クラウドの1日トラックを聞いた。クラウドに対する不安のトップはやはりセキュリティだが、セキュリティと言っても、コンプライアンスや機密保持契約に抵触する可能性への懸念がいちばん大きいようだ。

法律や契約で管理方法が定められている情報をクラウドに置くには、まずアウトソースが許可されていなければならず、また、自社に課せられている義務と同じレベルの保護(たとえば、特定情報へのアクセスログの取得とか)をクラウド事業者にも要求できないといけない。さらに、クラウド事業者がたとえば、基盤のシステムをデータセンタのIaaSサービスに頼っている場合などは、そうしたアウトソースも認められなければならないし、さらにそちらに対しても同じレベルの契約がされているかどうかをクラウド事業者に開示させる必要が生じる。

また、クラウド事業者の内部犯罪への懸念や、万一インシデントが発生した場合にユーザはどこまで調査権を行使できるのか、というようなことも問題になる。

現実を見れば、クラウド事業者の多くが提示しているサービス内容や委託契約は、こうしたユーザの懸念を解消できるものになっていない。米国では、特に大規模なクラウド導入に際しては、法律の専門家を交えて個別の交渉で契約内容を変更するようなこともままあるようだ。事業者は表面的には個別交渉に応じないという態度を崩していないが、現実には例外もかなりあるらしい。契約にうるさい米国では、それなしでは大きな企業への導入は難しいのだろう。会社の顧問弁護士は間違いなく「使うな」と言うはずだ。日本でも、本気でクラウドを使うことを考えるのならば、このようなことは考えていく必要がありそうだ。難しい問題だが避けては通れない問題だろう。

展示会場の前に不気味なものを見つけた。これもハロウィーンだから?

今日は1日雨のお天気、明日もこんな天気が続くみたいだ。明日は、午前中でコンファレンスは終了、午後にサンフランシスコへ移動する予定。午前中は引き続き、クラウド関連の話を聞く予定。明日の話は、クラウドの先には何が・・・というような内容なのでこれは面白そうだ。

現在午前3時、時差ぼけでまったむ眠くならない。中途半端に寝てしまったのが災いしているのだけど、一週間くらいの出張では時差ぼけを直さないほうが、帰ってから楽なので、あえて体内時計を狂ったままにしている。でも、そろそろ寝ないと・・・

では、また明日・・・

今日は秋の情報処理試験の日。取れと言われたわけでもなく、取らなきゃいけないわけでもない、資格ヲタなわけでもない。ある意味、こんな仕事をこの年月やっていて、とれなきゃ何かがおかしい試験。まぁ、冷やかし半分に勉強も特にしないで受けてみた。どんな問題が出るのかも気になったので。

朝から絶好の行楽日和、何が楽しくてパシフィコ横浜に缶詰にならんといかんのか・・・などと思いつつも、受けてみた。

試験の感想は、まぁまぁ、まっとうな試験かな・・・というもの。午前Ⅰの試験は、いわゆる世の中のセキュリティ技術者には、ちょっと範囲が広いかな。最初の問題の「2の補数」とか、フリップフロップの動作とか、パイプライン処理とか、リスト処理の速度とか・・・・。まぁ、IT技術者の基本として知っているべきことなのかもしれない。特にセキュリティは扱う範囲も広いので。午前Ⅱは楽勝のセキュリティ4択だったけど、問題には結構突っ込みどころも。言葉(特にセキュリティ以外の部分の)の使い方があいまいだったりして、解釈に苦しんだ問題もいくつか。雷サージ対策が問題に出たのはびっくり。これってセキュリティ・・・だったんだ。

時間が余ったのでひと眠り。午前試験は途中退出できないので、寝てる受験者も多数。結構簡単な問題だったので。

んで、お昼はワールドポーターズまで歩いてパスタを食べてきた。その途中と、午後試験の合間に取ったみなとみらいと横浜港かいわい。

午後Ⅰ試験は記述式試験。どのジャンルの問題が出るのか気になっていたのだけど、情報漏洩対策系が2問、暗号・ICカード系1問、プログラミング(JAVA)系1問といった感じでうち2問を選択。暗号とプログラミングが苦手でも、なんとかなる構成。情報漏洩対策系はポリシーと対策の関係を考えさせ、それぞれの改善を考えさせる内容で、なかなかいい。ちょっと気になったのは、退場可能時刻になったアナウンスがやたら長ったらしくて、うるさかったこと。あれじゃ、試験の邪魔だ。90分の試験時間を60分たらずで片づけて、とりあえず次の試験まで、あたりを散歩。いいお天気で、海風が気持ちいい。

で、午後Ⅱ試験は論述問題。2問から1問選択で、2時間の試験時間。1問はユーザ認証と業務承認権限の管理基盤を構築するストーリーに関する問題。もう1問は、セキュリティポリシーに沿ったネットワークを構築するストーリーに関する問題。ネットワークの問題を選択した。ストーリーは理解しやすいのだけど、設問が結構幅広い。中にはちょっと無理やりな設問も・・・。ま、この程度は大目に見ていいかも。

結局、午後Ⅱも1時間で切り上げて退場。受験は終了。ちょっと横浜に寄り道して帰ってきた。試験時間が細切れなので、CISSPやCISAみたいに集中力が切れる心配がないのがいいな。出来は、まぁ、楽勝・・・・のはずなんだけどね。

家に帰ったらもう夕暮れ。最近、どんどん日が短くなっていくな。今日は5時にはもう日没。きれいな夕陽。かすんでいて見えなかった富士山が夕陽のシルエットとして浮かび上がる。富士山の影が空に伸びている姿は不思議な感じがする。

そして日没

1日があっという間に暮れて、週末もおしまい。明日からは、また雲を追いかける毎日がはじまる。