所感: 2010年3月アーカイブ

心もよう

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うつ病と診断されて、治療をはじめてから1年半、薬も次第に減り、もうあとは止めるだけの量まできた私。自分ながらに、比較的うまく立ち直れたと思ってはいるのだけど、これはかなりラッキーが重なった結果のようにも思う。

今日、やはり2年ほど、うつを患って治療を受けているという知人と話をした。様々な事情から、仕事を休むことをせず、投薬治療を受けてきたものの、薬が増える一方で、なかなか改善せず、最近、思い切って休職を決意したという。休職したまま、戻らない可能性も高いのだとか。

私の場合、幸いにも会社の制度も整っていて、周囲への気兼ねはあったものの、思い切って振り払って休職できたのだけれど、なかなかこれができる状況にない人も多いのだという現実を見せつけられた気がした。そう思うと、自分自身の立ち直り方がそれでよかったのか・・・・などと少し余計なことまで考えてしまったのだけど、これは、ある意味で自分の頭を整理するいい機会にもなったかもしれない。

会話していて、自分の経験を話しながらも、それに違和感を感じている自分がいた。状況があまりに違いすぎるから、なんとなく言葉が空回りする。中途半端な励ましよりは、もう全部忘れてのんびりしなさい・・・というべきなのだが、その言葉を簡単に言えない。自分はそうしたことが、その人には難しい現実があるからだ。教科書通りに「聞き手」にまわりながらも、なんとなく不思議な後ろめたさを感じていた。

心のケアは、人それぞれの状況によって変わる。自分の経験が必ずしも人の役にたつとは限らない。ただ、このような時に、うまく相談にのれない自分が歯がゆかった。もちろん、それが普通であることは承知しているのだけど。

自分の場合、独り身であることもあって、きままな生活をしながら充電することができたのだけれど、こういうケースはむしろレアなのだと思う。社会生活をしている以上、ストレスは避けられない。気がついているストレスならば、避けようもあるし抵抗もできるのだけど、案外、心に重くのしかかってくるのは、自分が気づいていないか、もしくは気づいていても気づかぬふりをして否定してしまっているようなストレスだと思う。知らぬ間に、がんじがらめになって、心が窒息してしまうのだ。敵の姿が見えないから、あがけばあがくほど息ができなくなる。何がストレスかもわからないから戦いようがない、ならば、ストレスの原因になりそうな物を一旦全部排除して、まずは心の深呼吸から、というのが基本だと、教科書的には書いてあるのだが、現実にはそれが難しい。私の場合は、たまたまそれが基本に近い形でできる環境を与えてもらっていたということなのだろう。

ただ、少し振り返ってみるならば、とにかく自分が「気持ちいい」と感じることをひたすらしていたような気もする。ならば、全部は無理でも、少しずつ、どこかで何か自分が気持ちよく感じる方向に舵を切ることができれば、それは第一歩になるのかもしれない。ストレスと闘う必要はない。逃げてもいいのだ。いや、まずは逃げるべきなのだろう。いつかはまた戦うことが必要になるだろうが、それは完全に充電が完了してから思う存分やればいいのだと思う。少なくともそういう気持ちでいられれば、いい方向に向かうのだろう。焦るなと言っても、休んでいる間も周囲は走っているのだから、それは難しいのかもしれない。ならば、今はしばらく借りを作っておいて、後で倍返しするくらいの気持ちでいてもいい。これも気の持ちようなのだろうけど、性格的に難しい人も多い。むしろそれが下手な人が心に痛手を負ってしまう。そこは、うまく自分を納得させる(騙す)ことも必要だろうと思う。そうして、みんなが感じるある種の「うしろめたさ」を、うまく消してしまうことが大きなポイントなのかもしれない。

私にしても、まだ治療のステップは完結していない。時々は自分を見直してみることも必要なのだなと思った次第。知らず知らずにまた、負のスパイラルに落ちってしまわないように。

まだ道半ば・・・・なのだから。

JSOX以来、「(コーポレート)ガバナンス」という言葉が、半ば念仏のように唱えられているのだが、はたして、これはビジネスによい影響を与えているのだろうか、そうふと思って考えてみた。

そもそも、ガバナンス強化とは、ビジネス上のリスクマネジメントをきちんとやろうということなのだと私は理解している。ビジネス上のリスクには様々なものがあるが、それらのマネジメントをきちんと行うためには、リスクの把握と適切な対策、そしてそのモニタリングが不可欠である・・・とここいらあたりまでは、既に言い尽くされた事柄だ。JSOXでみんなが苦しめられた業務フローとRCMの整備はそのひとつの手段に過ぎないし、リスクポイントを洗って、そこにいわゆる「統制」という余計なステップを入れればいい・・・といった単純な話ではなく、そもそも、その仕事の流れを見直すことで、より合理的にリスクを減らすことが重要だ・・・・などということも、たしかJSOXの前後でよく聞いたような気がする。

しかし、実際のところはどうなっているのだろう。仕事上のルールが厳格化して、重要な業務における様々なリスクが減ったあたりまではいいとして、それがビジネスの、さらにはその先にある本来の目的とされた投資家の利益の保護に役立っているのだろうか。

たとえば、統制のステップを加えたことで、仕事の手順が増える分、それぞれの仕事をスピードアップしなければ、元々の仕事のスピードは維持できない。たとえば、営業部門が独自の判断でできていたことを、間接的な管理部門によるチェックが必要であるとしたとたんに、当然その間接部門の業務は激増するから、適切な手当をしなければ、そこがボトルネックになりかねない。ましてや、お役所仕事に慣れた大企業の間接部門あたりでは、ビジネス環境の変化などどこ吹く風のマイペースで仕事が行われることも多いから、結果的にビジネスのスピード感は大きく損なわれることになる。

これは、おそらく現場のマインドを大きく変えてしまうだろう。当然、杓子定規なガバナンスに対する反感も醸成され、本来あるべきマインドとは違った、きわめて危険なマインドが生まれる可能性もある。なんとかして、網の目をくぐって自分たちのスピード感で仕事をしようという動きだ。なぜなら、営業部門に課せられる目標は高くなることはあっても、低くなることはありえないのだから。逆に、あきらめが支配的になり、仕事のスピード感低下に疑問を持たない社員を大量に生み出してしまうかもしれない。どうせ自分たちのせいじゃないから、渡したボールが返ってくるまでは何もしないでおこう、つまりは、みんなでサボれば怖くない・・・的なマインドである。いずれにせよ、これはビジネスにとっては大きな「リスク」だ。つまりは、リスク対策が新たなリスクを生み出してしまうことになるのである。まさに本末転倒というほかはない。

決められた手順をショートカットすることがリスクを高めることは言うまでもない。しかし、その手順を適切なスピード感でこなすことができなければ、やはり仕事の遅延とビジネスチャンスの逸失という、もっと大きな「リスク」となる可能性もあることを忘れてはならない。(これらの事柄は、ビジネスリスクマネジメントの一部である、情報セキュリティマネジメントにも当然ながらあてはまるのだが・・・)不景気による落ち込みのせいで、今のところこうした非効率な部分は目立たないのかもしれないが、やがて、これは企業にとって強烈なボディーブローとなるに違いない。

内部監査は、多くの場合、ルールに沿った仕事が行われているかどうかということに主眼を置くのだが、是非、仕事の効率やスピード感(への「意識」)についても、十分チェックしてほしいものだと思う。手数を増やせば当然スピードは落ちるのだから、リソースを増やすか仕事の効率を上げる手だてが必要だ。そこに意識が行き届いているかどうかが、この数年先におけるビジネスの勝敗を大きくわけるに違いない。

それから・・・と一風呂浴びながら考えたことをちょっと追加するなら、JSOXの際にシステム化された統制(アプリケーション統制)ということがよく言われた。人的な統制よりも信頼性が高く、統制やその運用評価のステップも簡素化できることから、そのようなシステム化が多く行われたのだが、実際、それが効率化になっているのだろうか。これも検証が必要だ。

たとえば、私は、緊急の案件で、午後6時に起案書を仕上げ、上司共々、紙を持って説明にまわり、翌早朝に社長決裁までとりつけたことがある。もちろん、これは紙ベースの話だ。もらったハンコの数は10個近い。はたして、電子化されたワークフローシステムでこのスピード感を実現できるのだろうかと考えると、はなはだ疑問だ。問題は、「似非自動化」にあると私は思う。もともと人が介在しなければいけない業務をシステム化しても、決裁という行為はあくまで人の行為であって、決して自動化はされない、ということだ。紙ならば、直接持参することもできるし、机の上の書類入れに入っていればすぐわかる。一方で、システム化は、若い人たちにとってはとっつきやすいものだが、私のような年代から上の人たちにとっては、いまだに紙ベースの作業や顔をつきあわせての話しのほうがなじみ深い。(私はそういう意味ではかなり同年代では特異な存在だと思う)そこにいきなりシステムを持ち込んでも、必ずしも効率化にはならない。システムは人の間違いを防ぐという意味での効率化は提供するが、一方で人の行為自体を効率化するわけではない。むしろ、ワークフローに添付された書類では内容がわからず、結局、時間がたって決裁がなかなか降りないので問い合わせて見たら、ちょっときて説明してくれ・・・というようなことが多くなる可能性もある。ましてや、こんなシステムがトラブったら目もあてられない。重要な仕事が全部止まってしまう。まさに、これはBCP問題だ。いや、ディザスターといっても過言ではない。

これも、人的な統制同様に、仕事の流れを十分に最適化せずに、統制のみを目的にシステム導入を行った結果であるように思う。こうしたことが、あちこちで起きていて、実は床下で日本経済を揺さぶっていたりしないことを切に祈りたい。