所感: 2010年6月アーカイブ

東京は・・・というよりも、世界中の大都会はみんなそうなのかもしれないが、なにもかもがせわしなく動いていて、立ち止まることが許されない。みんな少しでも先に行こうとして、それが逆に渋滞を引き起こす。道路の人の流れしかり、仕事もしかり。すこしペースを下げれば、すべてすんなりと流れるのに、焦るから余計に行き詰まる。

最近膝を痛めているのだけど、これまでも何度か足を痛めた時に、常に感じるのがこれだ。たしかに、自分もいつもは、人より少し速く歩いている。ゆっくり歩いている人は煩わしく感じる。自分より速いやつには対抗したくなる。それが東京の日常だし、エキサイティングな街だと感じてきた。

だが、それができなくなった時に、この街への見方は一変する。周囲の人の流れは怖いくらいだ。朝の駅の階段では突き飛ばされそうになる。杖を持って電車に乗ると、前に座っている(特に)オヤジたちは寝たフリをする。まぁ、自分にも多少心当たりがあるのだが、それが普通になってしまっていると、案外自分のしていることに気づかないものだ。

このところ、そんな状態でかなりストレスがたまっているのだが、ちょっと視点を変えて、ゆっくり歩きながら周囲を観察してみるのもいいかなと思い始めた。みんな、自分が毎日どんな顔をして電車に乗っているのか。道を歩いているとき、どれほど怖い顔や疲れた顔をして歩いているのか。

人は自分の鏡だ。この際だから、周囲に写して、自分の日常を振り返ってみようと思う。

 

とはいえ、こういうストレスがたまる状態を放置するわけにもいかない。さて、今日はこれから膝の治療(手術)の打ち合わせに病院へ行ってくる予定。さっさと治して、またレースに復帰しようか。でも、この経験は忘れないようにしよう。

またしても、この時間(AM2:00 PST)に起きて、ごそごそしている。明日の朝、昼前の便で帰る同僚を空港に送らなくてはいけないのだけど、寝坊したら大変・・・・。私は午後便なので、まだ余裕はあるのだけど。

とりあえず、9時くらいにはホテルを出て同僚を空港出発ロビーで降ろしたあとでガソリンを入れてから車を返しにいこうと思っている。

この10年ほど、こんな仕事をしていて、すでにサンフランシスコには40回くらいは来ていると思うのだけど、今回、改めて思ったこと。こちらの人たちと仕事をする上で、やはり顔を突き合わせての話は必要なのだということだ。昨今、メールや電話会議でいいじゃん、という風潮もあるのだけど、やはり行き違いや勘違いも多いし、その修正には多くの時間を要する。特に、お付き合いを始めた直後は互いに相手のことがわからないから、そういうオーバーヘッドはどうしても大きくなる。今回もそうだし、これまでのうまくいったケースの経験から言えば、最初のうちは、できるだけ顔を見ての会話や議論が、互いの理解を促進し、その後のメールでのやりとりなどでの誤解を少なくしてくれるようだ。

とかく、アメリカ人はビジネスライクだから・・・ということが、まことしやかに言われるのだけど、人間として見たときの彼らは決してロボットでもなければ、バルカン星人(笑)でもない。普通の人間である。だが、相手も同じで、こちらが自分たちと同じ人間だということが、最初はわからない。それが一番の問題なのではないかと、最近思うようになった。今回も、実際にあれこれ議論してみると、相手の性格もだんだんわかってくるし、言い回しとか、誤解を招きやすい形もなんとなくわかってくる。誤解されたら、その場でそれを解消できるし、そのことで、互いに学習できる。このプロセスは、コミュニケーションをとる上で重要だ。もちろん、ビジネスはビジネス。情に流される必要も、流されてもらう必要もないのだけど、互いの人間的な面を含めたバックグラウンドが理解できているのといないのでは、ずいぶん違うなと思う。

今日も、以前別の会社にいて、私の会社と一緒に仕事をしていた人が移った会社に行ってきたのだけど、そういうつながりがどんどんできていくのも楽しい。性格も、バックグラウンドも互いに良く分かっているので話も早い。

あとどれくらいこのような仕事を続けられるのかはわからないが、続けられる限りは続けていきたいと思っている。

おっと、そろそろ寝なきゃ・・・

国内のIT系メディアでもとりあげられているけど、フィナンシャルタイムズのこの記事は極めて疑問だ。Googleが、例の中国での攻撃を機に、Windowsの利用を減らしつつあるという記事。従業員の話として、新たにPCを調達する場合は、MacまたはLinuxが選択肢で、WIndowsを使うには、かなり上のレベルでの承認が必要になったと伝えている。

どちらかといえば、記事そのものの信ぴょう性も怪しいと思うのだけど、さすがに世界中で「それはないんじゃない?」という議論が沸騰しはじめているようだ。

そもそも、4月にも書いたのだけど、問題の攻撃は、いわゆる「標的型攻撃」だ。つまり、従業員が特定され、その従業員がピンポイントで狙われている。しかも、IMでのリンク送りつけという手法が使われた。

こうした攻撃で、Windosであるから脆弱、もしくは、MacやLinuxだから安全などということはありえない。むしろ、多くの攻撃にさらされて、日夜脆弱性の撲滅に奔走している(せざるをえない)Windowsのほうが相対的に安全という見方もある。MacやLinuxへの攻撃が少ないのは、それが安全だから、ということではなく、とりわけ愉快犯的な大量感染攻撃などにおいて、社会的なインパクトがWIndowsに比べて少ないからにほかならないからだと思う。むしろ、標的型攻撃の場合、発覚することはまれだと考えたほうがいい。プロにとっては、もしかしたら、脇の甘いように見えるMacなどのほうがターゲットにしやすいのかもしれないし、そうした攻撃は簡単には発覚しない。今、私が一番心配しているのは、最近人気のiPadだ。安全性について語るだけの情報を私は持ち合わせていないのだが、少なくとも攻撃者にとっても魅力的な標的になりつつあることは間違いないだろうと思う。利用者を特定して、なんらかの通信を行う、あるいは傍受できるなら、利用しているOSを特定することは可能だ。OSがわかってしまえば、その種類に限らず脆弱性を調べて攻撃することはできる。あの複雑怪奇なWindowsの脆弱性を見つけられるプロならば、MacやLinuxの新たな脆弱性を見つけることも難しくないのではないだろうか。

このようなことを考えるならば、今では一流のセキュリティチームを持つGoogleが、こんな判断をするとはにわかに信じがたい。真っ当なセキュリティ屋さんたちが、この話をストレートに信じるとは思わないのだが、一流のマスコミが流した記事だけに注意が必要かもしれないと思う。

 

いけない、もうこんな時間(AM 2:40PST)だ、寝なくちゃ・・・・

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